「はぁ〜い、夢魔ちゃんだよっ⭐︎ いまキミがいるのはね〜、キミの深層心理が作り出した、キミの『心の迷路』の中! 脱出出来ないとサイアク死んじゃうかもだけどー、いーっぱい焦ったり怖がったり泣き叫んだりして、頑張ってこの悪夢の出口を見つけてね⭐︎」
「…………」
「アハッ、もう絶望しちゃったかなっ? だよねー、こーんなに壁高くって、暗いしそれに、」
「…………寝る」
「って、え? 壁に寄りかかって体育座りで、ホントに寝る? でもほら、死んじゃうかもってアタシ、さっきゆったよねっ?」
「……でも暗くて出口わかんないし、眠いし……ぐぅ」
「は? 絶望しないで寝た? キミの絶望がアタシのごはんなのに? あーもう、わかった! 特別に明るくしたげるから、起きて!」
「……フッ、社畜には余裕の生ぬるい明るさ……ぐぅ」
「っ、寝るなーっ! そっか、床も寄っかかる壁もない迷路なら……ほいっ、これでどう? 目、覚めた?」
「……ふぁー、ヒマワリの迷路……やっぱり出口が全然わかんないし……ぐぅ」
「まんま土の上に寝る、だと……? んんーしゃーない、木製巨大迷路、ヤグラ付き! 迷路の途中で上から俯瞰出来るから、ちょっとはやる気に、」
「……木の香り、いいね……ぐぅ」
「ちょっ、なんで?! 大体さっきから、心の深層に直に干渉してんのに、全然ブレないとか……なんなの、心臓に毛でも生えてんの?! ねぇ、ねぇってば!」
「……うぅー、そんなに揺さぶんないでよぉ。あーまーね、仮にも社畜なら、心臓に毛くらいは……あーでも、脱出無理っぽいしこの心臓、もうすぐ止まっちゃいますよねー」
「えーい、うるさいっ! 一回起きて、会社辞めて来やがれ!」
『ティーカップ』&ソーサーのセットとかパスタ皿とか、わたしのウチにある食器の大半が二組ずつあるのは、先輩の言うように「元カレと同棲していた頃の名残り、だったりして?」とか、決してそういう理由ではない。
わたしが先輩のカノジョになってから初めてのビッグイベント、先輩をウチにお招きする&手料理でおもてなし──も、どうにか無事に終わりそう、とホッとひと息ついたところで。
わたしは、先輩のそんな、冗談まじりのセリフとイイ笑顔につられ、「ええ? そんなわけないじゃないですか〜」と、笑いながら答えたのだけど……。
「でもこの量、昨日今日買った物じゃないよね? つまり、僕を呼ぶって決まってから買ったわけじゃない」
「えっと。それは、そうですけど……」
「一人暮らしなのに、食器をペアで買う理由が他に、思いつかないんだよね」
……あれ?
ガチで疑ってる、の?
「そんなの、他にいくらでも理由ありますよ? お客さま用だとか、趣味だとか予備だとか、」
「っ、そうかもしれないけど、あー……つまり。なんかモヤッとしたから一応、確かめたくなったの!」
うっ……わあ。
モヤッとさせといてなんなんですが、その……顔背けて片手で顔覆う仕草が、ステキかわいすぎるんですけど?!
こんな先輩見たことない、いやちょっと、こんなの……どう対処したらいいの、隠れてない耳が赤くなってるのもヤバかわで……えっと?
つまり……これって。
嫉妬、ヤキモチ、だよね?
えええ……あの先輩が、わたしに?
キャーーーー!
でも、同棲なんてあり得ません! 先輩が初カレなんです! って、でもこのトシでそんなこと言ったら、ドン引きされちゃわないかな……や、先輩はそんなヒトじゃないもん、けどドキドキする、ううっ。
あーもうっ、どうしよう?
こーゆーときって、どうしたらいいのっ?!
おーい! あの頃の、食器買うのに一枚って店員さんの手前なんだかなーとかそんな理由で二枚買って、でも一生独身なのにね(笑)って自虐ってた頃の、わたしー!
オマエには想像もつかない、とんでもない未来が来るぞー!!
──どうもありがとう。これで、さみしくありません。
カタカタとキーボードを打つ手をふいに止め、画面のカーソルが点滅するのをぼんやりと眺める。私は趣味で小説を書いていて、まさにいまちょうど、登場人物が置かれたその状況を解決したところだった。
私は、これからもずっと、ひとりぼっちなのだろう。若い頃に、そう観念した時期があった。『寂しくて』、すごく寂しくて──その寂しさばかりに気を取られて、本当にやりたかったことを見失い、そして、世間的には失敗とも言える選択ばかりをしてきてしまった。
……まぁ、でも。
そういうたくさんの失敗、誤った選択の果てに私はここにいて、だからこそ、この小説の登場人物の寂しさを解決することが出来るのだ、なーんて……。
「……いや、実際は。解決なんて、出来ないよねー」
私は独り言ちる。だって寂しさは、表層にあるか、深層に沈ませているかのどちらかで、根本的にはずっとそこにあるもの──だからね?
人間はみんな、基本、寂しいんだ。
……って。
主語が少々、デカすぎるかな?
キミへのこの感情がボクの『心の境界線』を曖昧にしたせいで、ボクはボクというカタチを保てなくなってしまった、だって本来のボクはこんな脈絡のない支離滅裂な言動なんかするはずがなくって、この感情はどうしてこんな理にかなってないことばかりをボクにさせようとするのだろう? この不毛な感情には名前が付けられていて、叶うとか叶わないとか、そんな動詞がくっついてくるけど、そのいずれかの結末に至れば、この感情にもちゃんと、終わりが来るのだろうか?
よく晴れた日にふいに流れてくる、続くような綿雲には、たくさんの天使たちが乗っているのだそうだ。
彼らがどんな用事で雲の高さにまで降りてくるのかは、人のあずかり知るところではなく、そもそも、その存在に気づく者はほとんどいない。
それでも、「姿を見た」「ことばを交わした」という者はちゃんといて──そんな者たちが語るうちの一つは、こんな話だ。
天使たちはそれぞれに、真っ白な、幾対かの大きな翼を持つ、とされる。
その翼はまるで大きな鳥のそれ、バサリと羽ばたけば、ちゃんと鳥のように、生え変わりの羽根が抜け落ちる。そしてその抜け落ちた羽根は、その瞬間──天使の一部ではなくなった証拠に、色を失くす。天使を視る者さえも認識出来ない、言わば『透明な羽根』へと変貌する。
透明な羽根は、地球の重力に従って緩やかに落ち、だが意思を持って、その行く先を定める。目的の場所にたどり着いた羽根は、そこにあった、やはりこの世にたどり着いたばかりの命と魂に溶け込むことで、やっとそのカタチを失くす。
遠い昔、大いなるものが天使に、その務めをまっとうするために与えたのは、光。
その光はやがて、人の子の目にもそれとわかる翼となり──つまり。
翼は光で、抜け落ちた羽根もまた然り。ひとひらの羽根であった光は、新しい命と魂の糧となるために溶けて、それは、これから生まれ来る誰しもが内に持つ、小さな灯火となる。
その小さな灯火を囲んで、羽根を追い降りて来た天使たちは集い、歌う──どうかこの、一つの大いなるものから分かち合った光が、この世に生を受ける勇敢な子らの道標となりますように……と。
灯火は時折、夢の中で──自らの元の姿、羽根のカタチをとっていた頃を思い出し、夢の主にその姿を現すことがある。
視えないはずの透明な羽根は、そうやって人々に、その存在を認識されることとなった──。
「……つまり。これって、夢の話?」
「そう。だから、信じるか信じないかは……ね?」