手動式のアイスクラッシャーでクラッシュアイスを作るのは僕の役目だった。ころんとしたシルエットのロックグラスにクラッシュアイスを満たしてやると彼女が、ウイスキーのボトルを持ってきてそこに注ぐ。ウイスキーミストだ。
摘んでおいたベランダ菜園のミントを齧りながら彼女は、ウイスキーミストに口を付ける。こくり、と喉を鳴らして飲むのを、あまり酒が得意でない僕はいつも少し羨ましく思っていて、曇ったグラス──霧の向こう側の琥珀色をうっとりと眺める彼女は、とても幸せそうだった。
「そんな君の幸せな時間を、僕が奪ってしまったんだよなぁ」
棚の奥にしまっていたアイスクラッシャーを引っ張り出してきた僕は、言いながらクラッシュアイスを作る。あのロックグラスも割れずに残っていてベランダのミントも健在、彼女がよく飲んでいた銘柄も僕はちゃんと覚えていた。
ボトルの栓を開け彼女に手渡す。彼女はウイスキーを注ぎ、口を付け──グラスを置くと冷蔵庫から、炭酸水のペットボトルを持ってきた。
「出産したら味覚が変わっちゃったのよねー、フフッ。こんな飲み方、もう出来ないみたい」
ウイスキーミストをハイボールに変えながら彼女が言った。そしてチラリ、とダイニングから続く子供部屋へと視線を送り、それから僕に向かって「いまだって充分、幸せですよ?」と微笑んでみせる。
グラスにかかった霧の向こう側の琥珀色は薄まっていて、代わりに光が弾けている。その『光と霧の狭間で』溶けている琥珀色の時間に、僕たちは、お互いのグラスをチン、と合わせたのだった。
「おや。存外飽きるのが早かったじゃないか」
手の中の砂時計をこれみよがしに掲げてみせながら、男が言った。
「あの男のことは、もういいのか?」
この夜が明ければ、謂れのない罪で処刑される私の前に唐突に姿を現した、上流貴族としか思えない出で立ちの男。地下牢の柱に繋がれた足枷の鎖を引きずり、男の足に縋りついて涙ながらに助けを求めた私は、そこでようやく、何もかもを思い出した。
そうだ。
この男は──私の望みを叶えた、悪魔だ。
私はこの人生を、何度も繰り返していた。まるで小説の悪役令嬢のような人生。運命に抗うように生き、けれど毎回この地下牢に繋がれ──そうするとこの悪魔が、私の人生の砂時計をひっくり返しに現れるのだ。
私は望んで、この人生を何度もやり直してきた。
やり直せば彼は、きっと今度こそ私を見てくれる。いいえ、見てくれなくてもいい──どんな運命でも、彼の側にいられるのなら。私の愛はそれほどまでに深くて、だから……!
けれど。あろうことか私は、この悪魔に助けを求めてしまった。「もう繰り返したくない」と、悪魔の足に縋りついて……。
「さて。お前の望みを叶え続けた我の愛は、ここへ来てようやく報われるか? それともお前は、まだあの男へ真実の愛とやらを捧げ続けるのか? まぁ……選ぶのは、お前だ」
サラサラサラ。細く落ちていく砂の音が、頭の中にこだまする。選ぶのは私。私が選ぶ愛は、勿論──。
しばらくして。私の口から放たれた言葉を耳にした悪魔が、その手をゆっくりと手を広げる。パリン、と石床にぶつかる『砂時計の音』を聞きながら、私は安堵し、そして絶望したのだった。
いつぶりだろう、こんなふうに星空を眺めるのは。街灯やビルの明かりに邪魔されない夜空は、幼い頃僕を魅了した、昔のままの美しさでそこにあった。
彼女がそばにいた頃の僕は、まだ星を眺めることを忘れてはいなかった。星図を手に、星に詳しくない彼女に星座の在処(ありか)を教えてあげたり、星や宇宙に携わる仕事がしたいんだ、と将来の夢を聞かせたりもした。
彼女が僕の元を去った後。所有していた星図の中でも僕が特に気に入っていた一つが、どこにも見当たらなくなっていた。
彼女は──僕に大事にされなかったことの腹いせに、僕が大事にしていた星図を、僕に黙って持ち去ってみせたのだ。
彼女と共に『消えた星図』はまだ、彼女の手元にあるのだろうか。もう捨てていてもおかしくはないし、けれど、そんなことより。
願わくば彼女が、この事態に巻き込まれていませんように──瓦礫の下から星空を眺める僕にはもう、彼女の無事を、祈るように願うことしか出来ない。
空からとめどなく落ちてきた火に、なす術もなく倒された街灯と崩れ落ちたビルの向こうの夜空は、幼い頃に見たそのまま。こんなにも変わってしまったのは、僕らのほうなのだ。
手始めに、画面上の『愛-恋=?』なる文字の羅列を奴に見せた私にはもちろん、下心があったわけで。
奴にとって私は、ただの『サークル仲間』でしかなく。このお題をきっかけに恋愛トークに持ち込み、その流れで女子としての私を意識してもらう、そういう作戦だったのだ。
──が、しかし。
「えー、ヒントは?」
それが奴の第一声で、それから奴はこう続けた。
「謎解きとか、得意じゃねぇし。ぜんっぜん思いつかん。アルファベットにしてから考えるとか……いやー無理無理、ギブアップ。で、それで? これって、アプリの脱出ゲームかなんかのヤツ?」
……えーと? 恋愛トークはおろか、哲学論議にすらならないんですけど……しまったー『ただのサークル仲間からの脱出』難易度高すぎだったわー。ねぇ、ヒントは?
注意⚠️イチャイチャ&ちょいエロです。
苦手な方はサクッと飛ばしてください。
お手数をおかけします。
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「へえ。『梨』のジュースをあまり見かけないのは、傷みやすいのと、他の果物に比べて糖度が低いから、だってさ。あのさっぱりした後味がよくて、それにジューシィなのに。でもジュースには向いてないんだ、ふうん」
「んだよ、何を唐突に」
「今日のお題がね、『梨』なんだ。参考資料欲しくて適当にググってただけ、でもちょっと食べたくなってきちゃった」
「ふーん。にしてもさぁ、他の女より糖度低めで後味さっぱり、そのくせ傷付きやすい? どっかで聞いたようなキャラだな?」
「……なんの話してる?」
「梨の話だろ?」
「……えーっと。梨は冷やしすぎだとあんまり甘みを感じないから、食べる30分前には冷蔵庫から出しておく。それと食べる順番は軸のほうから、一番甘みの強いお尻に向かって食べるのが……ん、ちょっと、」
「まずは温度な、了解。甘みが強くなる温度にしてやって、それで? 軸、つまりはテッペンからケツに向かって愛でる、と……」
「ちょっ、んん……もう、なんの、っ、話を、」
「梨の話だけど? 何か問題ある?」