komaikaya

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 手動式のアイスクラッシャーでクラッシュアイスを作るのは僕の役目だった。ころんとしたシルエットのロックグラスにクラッシュアイスを満たしてやると彼女が、ウイスキーのボトルを持ってきてそこに注ぐ。ウイスキーミストだ。

 摘んでおいたベランダ菜園のミントを齧りながら彼女は、ウイスキーミストに口を付ける。こくり、と喉を鳴らして飲むのを、あまり酒が得意でない僕はいつも少し羨ましく思っていて、曇ったグラス──霧の向こう側の琥珀色をうっとりと眺める彼女は、とても幸せそうだった。

「そんな君の幸せな時間を、僕が奪ってしまったんだよなぁ」

 棚の奥にしまっていたアイスクラッシャーを引っ張り出してきた僕は、言いながらクラッシュアイスを作る。あのロックグラスも割れずに残っていてベランダのミントも健在、彼女がよく飲んでいた銘柄も僕はちゃんと覚えていた。

 ボトルの栓を開け彼女に手渡す。彼女はウイスキーを注ぎ、口を付け──グラスを置くと冷蔵庫から、炭酸水のペットボトルを持ってきた。

「出産したら味覚が変わっちゃったのよねー、フフッ。こんな飲み方、もう出来ないみたい」

 ウイスキーミストをハイボールに変えながら彼女が言った。そしてチラリ、とダイニングから続く子供部屋へと視線を送り、それから僕に向かって「いまだって充分、幸せですよ?」と微笑んでみせる。

 グラスにかかった霧の向こう側の琥珀色は薄まっていて、代わりに光が弾けている。その『光と霧の狭間で』溶けている琥珀色の時間に、僕たちは、お互いのグラスをチン、と合わせたのだった。

10/18/2025, 4:11:30 PM