『LaLaLaGoodBye』
♪ ラララ・グッバイ
おやすみなさい
今日という日よ サヨウナラ
今日という日はもう来ない
二度とお前を傷付けない
我が身に降ったすべてのことを
振り返らずに
ただ眠れ
……
◇
あのときの彼女は歌うように、そして、まるで俺を寝かしつけるように「さよなら」と呟いたのだ。
部屋を出てゆく彼女を引き留められなかったのはそのせいで、だから俺は、睡魔に抗えずに──いや。俺は手を振り払われるのが怖かった。追い縋って失敗したときの、傷の深さを恐れたのだ。
俺は彼女の望む幾つかを叶えてやれず、これもその一つだった。
「大人にだって子守歌、ララバイが必要だと思うんだよねえ。だからさぁユキヒロ、そーゆー感じのヤツ、作ってよ。ユキヒロの作った曲とアタシの歌で、迷える仔羊たちを寝かしつけてやるんだー」
ああ確かに、大人にだって子守歌は必要だ。彼女が俺から去ったいまならわかるし、なんなら彼女が欲しがってた感じの曲だって書けてしまったじゃないか。
俺はこの曲を、ボーカルの無いまま編集し、動画で配信することにした。
……なあ。迷える仔羊ならここにいる、だから早く見つけて、寝かしつけに来いよ。頼むから。
そうやってキミは『どこまでも』ボクに触れようとはしない。そのくせ、ボクがさっきあげたミントタブレットの香りが届くくらいに顔を寄せ、その視線だけでボクを絡め取り、一つも身動きを取れなくしてしまうんだから──本当にタチが悪い。
いいよ、わかった。先にしびれを切らすのはボクのほう、それで全部、何もかもをボクのせいにすればいい。意を決したボクが伸ばした指先は震えていて、キミの頬と薄い唇がそれを柔らかく受け止める。これでキミの大義名分とやらはOKで、だから、それからすぐに押し付けられたミントタブレット味と、加えて「歯止めが効かない」なんて呟く低い声に、ボクは涙目になってる。
夜の街を歩いていたのに、いつの間にか空の闇が薄らいでいた。
夜でもなく朝でもない間(あわい)の時分に、人影はない。闇に在れば呼吸が出来る類の奴らはそれぞれにその日の寝ぐらを見つける頃で、陽(ひ)の下に祝福を受け生きる仔らもまた、微睡みの中にいるのだろう。
よく知るはずの、なのに人も車も無いだけで『未知の交差点』となったその場所で、僕は立ち止まった。この既視感は──そう、僕が悪夢の中で抱く感覚。悪夢の中の僕はよく、知らない街を彷徨うのだ。いつもとても急いでいて、なのにどうしても、どこにも辿り着けない。
僕はただ帰りたいだけ、なのに。
でも──どこに?
とりあえず僕は、僕が家賃を払っている部屋を目指して歩き始める。部屋に辿り着いた僕は、膝と宿酔とを抱え、丸くなって眠るだろう。そしてまたあの悪夢の中で一人、見つからない、帰るべき場所を目指して、街を彷徨うのだ。
群生するコスモスが
風に揺れている
わたしに向かって
手を振るように
ぷつり、と手折られた
わたしは『一輪のコスモス』
遠ざかる薄紅色を
わたしはただ眺めていた
懐かしくて苦しいあの場所は
確かにわたしの故郷だった
もう戻れないんだ──
安堵して
そっと息を吐く
そして
思いきり吸い込むと
わたしの体は
秋の澄んだ気に満たされたのだ