配送員A

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12/26/2022, 5:19:29 AM

アルミのブレーキレバーが氷のように冷えきって
そのつめたさがグローブを貫通し指先に突き刺さる
じんじんするなんてもんじゃない
すごく痛いぞ
私は、まだ小さな甥姪どもに言い聞かせる
お前たちは大きくなっても
配送員なんぞになるんじゃないぞ
冬は寒いし
夏は暑いし
膝や腰は痛めるし
送料無料だとか何だとか
稼ぎは安くなるばかりだし
事故だの病気だの怖いものは多いし
つらいことが多い仕事だから
お前たちは大人の言うことをよく聞いて
勉強や運動を頑張って
もっといい仕事に就くんだぞ
子どもたちはこくりと頷いた
私はその素直さに満足して、荷箱を開けた
そして小さな包みを一人一人に手渡す
宛名書きをきちんと確認しながら
じゃあいいか、お前たち
いい子にしろよ
私はまだサンタの手伝いがあるからな
来年もいい子にしてたら
また持ってくるからな
子どもらはプレゼントを開けるのに忙しくて
私の言うことなんか耳に入らない
あからさまに上の空な返事
うん、ありがとう、バイバイ
私は苦笑いして荷箱を閉める
そして次の配達先へ向かう
氷と雪が混じったのが
刃のような風に乗って吹き付ける
暗い夜道をただ一人で

私の十二月二十五日は
ざっとこんなふうだった

12/14/2022, 12:00:09 PM

誰が街路樹を光らせようと思いついたのか
昼間明るいうちに見ると
すべすべと白いサルスベリの木に
電気のコードが巻きつけてある
こがね色の葉をつけたイチョウの木にも
たくましいクスノキにも
桜の木だけは免除されているらしい
春に花を見上げて
電気コードが見えたら興醒めだからだろうか
とにかく桜はこの遊びに付き合わされない
花をつける木の特権か
電気コードで縛られずに済む
夜暗くなると
電球が光りだす
木の肌も葉も枝ぶりも闇に沈んで
電球がだけが光っている
サルスベリもイチョウもクスノキも一括りで
電球の台として使われる
白や青や黄色の電球が
電球が光っている
観光客がスマホを掲げて写真を撮った
光っている電球の写真を
闇に佇む木の美しさを知らない人

12/13/2022, 11:36:17 AM

渋滞のテールランプは赤く燃えていて
地獄にあるという炎の河のよう
しかしまばゆいのは見かけばかりで
かざしてもかじかんだ指は少しも温まらない
排ガスのにおいとアイドリングのざわめき
ドライバーたちの苛立ちの気配
原付が無理なすり抜けをして威嚇されている
十二月も半ばになると忙しくなり
みんな気が急くのかギスギスしている
道路の両脇の歩道を歩く人々は
寒さに背を丸めて少し早足だ
日は暮れ果てて空は墨の色
針の先で突いたような微かな星
イルミネーションと称して電気コードを巻き付けられた街路樹は煌々として
ビルの窓にはずらりと残業の明かり
タクシーの後部座席に座った客が
イライラしながらスマホの画面で現在時刻をチェックした
どこかで事故でもあったのだろうか
渋滞は動く気配を見せない
時間はどんどん過ぎてゆき
気温はどんどん下がってゆく
ハンドルを握った指は寒さに痺れている
それに風がめっぽう冷たい
徐々に体温を奪われていって
体が勝手に震え出す
誰かが苛立たしげにクラクションを鳴らした
通行人の何人かが顔を上げて振り返ったが
止まらずにそのまま歩いて行った
遠くで聞こえる救急車のサイレン
沈黙している道路情報掲示板

私はひとり心静かに
好きな歌を小さく口ずさむ
フルフェイスヘルメットの中でなら
大声を出す必要はない
つぶやくように囁くように歌う
自分しか聞かない歌
自分を慰め励ます歌
自分のために歌う歌
炎の河の中に居ても、自らは涼しき者であれと
たとい身体は凍えても、心だけは寛いであれと

12/7/2022, 1:48:19 PM

狭いワンルームのドアを開け
踵を擦るようにして靴を脱ぎ捨て
明かりをつけて
上着を脱いでハンガーに掛けると
冷え切ったフローリングの床と
薄く黄ばんだ壁とが作る直角に
綿埃と髪の毛の混じったものが溜まっているのが
いやに目につく
今夜はもう遅いから
掃除機をかけるのはまた今度にしよう
だが気づくとどうも気になる
こういうのを放っておけない性分なんだ俺は
ああ 汚い汚い
ティッシュを一枚取って
這いつくばって床を拭う
ああ汚い なんて汚いんだ
俺の体から落ちた垢と髪と埃が入り混じった灰色
人間てのは汚ねえもんだな
狭い部屋だからそう時間はかからない
難なく一周し終わって
ティッシュをゴミ箱に放り込む
そうして
ひとつため息をつく
満足のじゃない
疲れたやつを
うんとみじめたらしいため息だ
人間てのは汚ねえもんだな
体から汚れを出して撒き散らし
食ったりなんだりでゴミを作りながら生きて
最後はこの身体というでかい生ゴミを残す訳だ
考えただけでうんざりだ
晩飯を作って食う気も失せる
俺は床に腰を下ろし
壁に凭れて
スマホをポケットから取り出し
アプリを起動して
愚にもつかんことをつらつら書き連ねる
要するにゴミを作ってる
投稿のOKを押して目を瞑る
疲れたな
横になってもう寝たい
壁際に転がる大きな生ゴミだよ俺は
ああこの生ゴミも
仕事だの家事だの何だの
やらなきゃならないことがうんとある
風邪を引くわけにもいかないし
ああ 塵や埃なら壁際に溜まってりゃいいが
生きてるうちはそうもいかない
何とも情けない話だな
目を開けると部屋の隅に一本の髪の毛
俺は舌打ちをして立ち上がる
拾い上げてゴミ箱に入れるために
なにしろ
ああいうのを放っておけない性分なので

12/3/2022, 11:21:06 AM

さよならさえ言わなけりゃ
また会えるんじゃないかとか
そういう妙な屁理屈を
捏ねてしまうのが人間で
そんな理屈を鼻にもかけず
全てを奪って去っていくのが
時間とか運命とかいうものだ
宇宙は 世間は 世の中は
都合よくできてないんだな
まあとにかくここでお別れだ
また会えるかなんて知らないさ
生きていればチャンスはあるが
生きていられるチャンスはあるか
そんなことは知らないさ
せいぜい長生きするこった
それが俺なりのまた会おうかな
言うなというなら言わないでおこう
黙っているのもなんだから
長生きしろよ
えい、お前こそな
そこでお別れ

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