足りない
足りない
ひとつだけ
ひとつだけ
足
腕
頭
胴体
瞳
全部あるのにひとつ足りない
探している間に仲間を見つけ
足りない
さびしい
私たちはひとつ足りない
みんな空っぽ
見つけられない
足りない
さむい
足りない
くやしい
大事なものが欠けている
私たちには「命」がたりない
足りてるあなたが
うらやましいな
テーマ『1つだけ』
パパがくれたぬいぐるみ
ママがくれたネックレス
あの子がくれたマグカップ
あの人がくれたきらきらの指輪
大好きなあなた
全部私の大切なもの
全部私の失いたくないもの
たとえあなたが私にモノをくれなくても
私はあなたを大切にする
たとえあなたが愛のない言葉を口にしても
悲しいけれどあなたは私の大切な人
たとえあなたが私から離れる日が来ても
それでもずっと私はあなたを愛し続ける
私は私が今までもらった以上をあなたにあげたい
あなたが幸せそうに笑う顔が見たい
誰よりもあなたの幸せな未来を祈り、信じ、支えたい
あなたに会えるのが本当に楽しみ
急がなくてもいいから
ゆっくり強く育ってね
あなたが幸せな未来を歩むことが
ママとパパの一番の幸せ
あなたの未来に
限りない喜びと希望があるように
どうか幸せに、幸せに
私の娘
テーマ『大切なもの』
「はじめまして!引きこもり君!君を外に誘いに来たよ!」
目の前でパタパタと羽を動かし、俺の顔を覗き込む小さな人。
妖精、としか言いようのない生物。
18歳の時から引きこもり始めて早5年。
俺はとうとう幻覚まで見るようになってしまったらしい。
「もう!返事くらいしてよ!引きこもりすぎて声の出し方忘れちゃった?口を開けて、お腹から息を出してあーって言ってごらーーー」
「流石に話し方はわかる。お前に驚いただけだ」
「あっそうなの?まあ仕方ないか。人間に姿を見せることなんて滅多にないからね」
さもありなん、と妖精らしき生物が頷くたび、羽から銀の光が舞う。
「お前、妖精…で合ってるのか?こんな夜中に何をしに来た」
「うん!僕はエイプリルフールの妖精だよ!僕はね、ある願いのために君を外に誘いに来たんだ」
「願い?親父とお袋のか?悪いが外には出られない。出ようとすると動悸と眩暈がして倒れてしまうからな。もう諦めたんだ…」
「願いは人間だけのものじゃないよ引きこもり君。それに、今は僕がいる。君の『本当は外に出たい』っていう願い、僕なら叶えてあげられる。ね、玄関に行ってみようよ。お庭に出るだけでいいからさ」
外に出られる?俺が?随分と都合の良い幻覚を見ているんだな俺は。
それに庭に出るだけってなんなんだ。誰の願いでそんなことを…。
でも、今日はエイプリルフールだ。
この冗談みたいな幻覚に付き合ってやってもいいかもしれない。
夜なら誰にも見つからないだろうしな。
なぜか急にそんな考えが浮かんだ俺は、着替えて玄関へ向かった。
「さあ!扉を開けてみて!僕が魔法をかけたから、今の君は絶対外に出られるよ!」
靴を履き、震える手で玄関のドアノブを掴む。
冷や汗は出るものの、本当に動悸も眩暈もしなかった。
ギイーーー
これまでのことが嘘のように、俺はあっさりと外に出て、家の庭に向かう。
なんだかぼんやりしていて、頭がうまく働いていない気もするが、久しぶりの外は、月明かりが優しくて、思いの外心地良かった。
「嘘だろ…本当に外に出られた…」
「だから言ったでしょ!大丈夫だって!ーーーさて、この子が願いの主だよ」
そう言って妖精が指差したのは、俺が生まれた年に植えられた一本の木だった。
「この子がね、君の姿がもう何年も見えない、どこにいるのか、大丈夫なのか、会いたい、会いたいってずっと僕に言ってきててね、あんまりかわいそうだから、本当はダメだけど僕が君の前に現れて、君を連れ出したってわけ」
「そう、だったのか…」
「今は久々に君の姿が見られてとっても喜んでるよ。この子にとって君は特別に大切な友達なんだってさ」
にこにこと木を撫でていた妖精が、くるっとこちらを向いて、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「一度外に出られたんだ。きっと君はこれから、お日様の下も歩けるようになるよ。だから、どうか、この子のことも忘れないで。年に一度でも良いから、顔を見せてあげてね」
「わかった…約束する」
「ふふ、絶対だよ?」
妖精と木に向かって微笑んだその時ーーー
「宏樹!あなた、外に」
窓を開け、こちらを見て涙を流す母と父。
ふと周りを見れば、あの妖精はいなくなってしまっていた。
「ああ。お袋、親父、俺、外に出られた。この木と、エイプリルフールの妖精のおかげなんだよ。俺、これから頑張るから」
俺の言葉に少しきょとんとした両親だったが、すぐに笑顔になって俺を抱きしめにきてくれた。
幻のような妖精のおかげで、俺は扉を開けることができた。
これからは自分の足で、一歩ずつ進んでいこう。
冗談みたいなエイプリルフールの奇跡と、特別な友の存在を胸に刻んで。
テーマ『エイプリルフール』
「かずくん、私ね、ネモフィラの花が好きなの」
このカフェおすすめの紅茶を飲みながら、恋人の百合子が何気なく呟く。
「そうなんだ。初めて聞いたな、なんで好きなの?」
「花の見た目も大好きなんだけどね、ネモフィラの花言葉が一番好きなの」
「花言葉?」
「そう。ネモフィラの花言葉はね、『あなたを許します』なんだって」
「なんというか…優しい花言葉だな」
あの青い花にそんな意味があったとは。考えた奴はかなりのロマンチストだな。
「うん、優しいよね。でも、私はとても身勝手で、傲慢で、一方的な宣言のようにも思うの。許されたくない人達には、死刑宣告と同じよ」
「そこまで言うか」
百合子の口から普段は聞くことのないきつい言葉の羅列に面食らう。
「だからねかずくん、私、あなたにネモフィラを贈るわ」
「え?」
「自分に言い聞かせたい部分もあるのだけれど、私はもう、あなたを忘れて幸せになりたいの」
「えっ、どう言う意味だよそれ!」
これまで仲良くやってきたつもりだ。百合子のことも大事にしてきたし、来月プロポーズもするつもりだった。
一体なぜ。
「端的に言うとね、別れたいのよ、かずくんと」
「だからなんで!」
「私ね、今は星川百合子って名前だけど、お母さんが再婚するまでは『白波百合子』って名前だったの」
「白波…まさか…」
嘘だ。嘘だ。そんなはずがない。あいつにきょうだいはいなかったはずだ。
「そのまさかよ。あなたが小学生の時にいじめて自殺にまで追い込んだ、白波勇人の妹が私なの。私は小さい頃身体が弱くて、ほとんど学校に来ていなかったから、妹がいることを知らない人も多かったみたいね」
「そんな…嘘だ…なんで…」
勇人は俺と、俺の友達で確かにいじめていて、ある日の朝、勇人が自殺したのを知った。
勇人の両親は、俺を責めなかった。ただただ、もう関わってこないでくれ、そう言って涙を流していた。
人を殺してしまったという恐怖と罪悪感で頭がおかしくなりそうだったあの日々の感覚が蘇り、身体が震える。
「嘘でもなんでもないわ。最初は兄を殺したあなたに復讐しようと思ったわ。私自身と、亡くなった私の両親のためにもね。でも、あなたは今まで会った誰よりも優しくて、まっすぐ私に愛情を注いでくれて…私、どうしていいかわからなくなってしまったの。あなたに死んで欲しいと願えるほど、あなたのことを嫌いじゃなくなってしまったのよ。だから、あなたを許して、私の心からあなたの存在を消して、あなたと離れて、兄が最期に私に望んだとおり、なんの憂いもなく幸せになりたいと思ったの。ネモフィラの花を贈るのは、今の私にできるあなたへのささやかな復讐よ」
ぼろぼろと大粒の涙を流しながら語る百合子が、ネモフィラの花のしおりを俺に渡してきた。
力の入らない手で、俺はそれを静かに受け取った。
「あなたが消えない事実に苦しむたび、私が花言葉のとおりあなたをもう許し、忘れていることを知るといいわ。『今は』優しいあなたにとって、責めてくれる人がもうどこにもいないと知るのは何より辛いんじゃないかしら」
「…」
「何も言わないのね。もういいわ。私はあなたに言い残すことはないし、この街も出る。さようなら」
カタン、と椅子を動かして、百合子が立ち上がり去っていく。
俺に百合子を追う資格はない。項垂れ、百合子の残したしおりを眺める。
ふとしおりを裏返すと、百合子の綺麗な文字があった。
「どうかあなたも幸せにーーー」
俺は大人になって初めて、大声をあげて泣いた。
テーマ『幸せに』
目の前で一生懸命何かを探す女性。
俺と同じくらい背が高く、一つにまとめた髪とパンツスタイルがよく似合っている。
「川原さん、何を探してるんですか?」
俺の声を聞いて、ハッとしたように目を見開く彼女は、少し幼くて可愛らしい。
「あ、柳さん。ちょっと債権回収の本を探してて。確かこの辺にあったはずなんですけど…」
「え、それもしかしてこの本ですか?」
棚に戻そうと思い手に持っていた本を見せる。
「あっ!それです!柳さんが持っていたんですね」
「はい。もう見ないので、このまま渡しますね」
本を彼女に渡そうとしたら、彼女と手が触れた。
少しだけびくついた彼女。俺は怖がられているのだろうか。まだ先は長いな。
「ありがとうございます!」
にっこりと彼女が笑う。
「ーーー可愛いですね」
「え?」
しまった。笑った顔がとても可愛かったものだからつい真顔で口にしてしまった。
まずい、引かれる…。
「柳さん、冗談でも、びっくりします…でも、ありがとう、ございます…」
うん?思っていた反応と違う。
顔を赤くして、本を胸に抱いて俯く彼女。
抱きしめたくなる愛らしさだったが、怖がらせないように、落ち着いた大人の男を装って、何気ないふりをせねば。
「す、すみません!さ、さて、そろそろ戻りましょうか」
「い、いえいえ!そうですね、も、戻りましょう、柳さん!」
落ち着いた大人の男は失敗したが、資料室の外に向かううちに、少し俺は落ち着いてきた。
やっぱりこんなチャンスそうそうないし、柳さんも嫌そうじゃなかったし、少しだけ。
少しだけ、気持ちのかけらを伝えてもいいかもしれない。
資料室のドアの前、急に立ち止まった俺を不思議に思ったのか、どうしたんですか、という彼女の声が後ろから聞こえてきた。
くるりと彼女の方を向き、彼女と視線を合わせてーーー
「さっき可愛いですねって言ったの、冗談じゃないですからね?」
笑顔と共にそう伝えた時の彼女の顔は、俺だけの秘密にしておこうと思った。
テーマ『何気ないふり』