茜色

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目の前で一生懸命何かを探す女性。
俺と同じくらい背が高く、一つにまとめた髪とパンツスタイルがよく似合っている。
「川原さん、何を探してるんですか?」
俺の声を聞いて、ハッとしたように目を見開く彼女は、少し幼くて可愛らしい。
「あ、柳さん。ちょっと債権回収の本を探してて。確かこの辺にあったはずなんですけど…」
「え、それもしかしてこの本ですか?」
棚に戻そうと思い手に持っていた本を見せる。
「あっ!それです!柳さんが持っていたんですね」
「はい。もう見ないので、このまま渡しますね」
本を彼女に渡そうとしたら、彼女と手が触れた。
少しだけびくついた彼女。俺は怖がられているのだろうか。まだ先は長いな。
「ありがとうございます!」
にっこりと彼女が笑う。
「ーーー可愛いですね」
「え?」
しまった。笑った顔がとても可愛かったものだからつい真顔で口にしてしまった。
まずい、引かれる…。

「柳さん、冗談でも、びっくりします…でも、ありがとう、ございます…」

うん?思っていた反応と違う。
顔を赤くして、本を胸に抱いて俯く彼女。
抱きしめたくなる愛らしさだったが、怖がらせないように、落ち着いた大人の男を装って、何気ないふりをせねば。
「す、すみません!さ、さて、そろそろ戻りましょうか」
「い、いえいえ!そうですね、も、戻りましょう、柳さん!」
落ち着いた大人の男は失敗したが、資料室の外に向かううちに、少し俺は落ち着いてきた。
やっぱりこんなチャンスそうそうないし、柳さんも嫌そうじゃなかったし、少しだけ。
少しだけ、気持ちのかけらを伝えてもいいかもしれない。
資料室のドアの前、急に立ち止まった俺を不思議に思ったのか、どうしたんですか、という彼女の声が後ろから聞こえてきた。
くるりと彼女の方を向き、彼女と視線を合わせてーーー
「さっき可愛いですねって言ったの、冗談じゃないですからね?」
笑顔と共にそう伝えた時の彼女の顔は、俺だけの秘密にしておこうと思った。





テーマ『何気ないふり』

3/30/2024, 10:54:11 AM