茜色

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「はじめまして!引きこもり君!君を外に誘いに来たよ!」
目の前でパタパタと羽を動かし、俺の顔を覗き込む小さな人。
妖精、としか言いようのない生物。
18歳の時から引きこもり始めて早5年。
俺はとうとう幻覚まで見るようになってしまったらしい。
「もう!返事くらいしてよ!引きこもりすぎて声の出し方忘れちゃった?口を開けて、お腹から息を出してあーって言ってごらーーー」
「流石に話し方はわかる。お前に驚いただけだ」
「あっそうなの?まあ仕方ないか。人間に姿を見せることなんて滅多にないからね」
さもありなん、と妖精らしき生物が頷くたび、羽から銀の光が舞う。
「お前、妖精…で合ってるのか?こんな夜中に何をしに来た」
「うん!僕はエイプリルフールの妖精だよ!僕はね、ある願いのために君を外に誘いに来たんだ」
「願い?親父とお袋のか?悪いが外には出られない。出ようとすると動悸と眩暈がして倒れてしまうからな。もう諦めたんだ…」
「願いは人間だけのものじゃないよ引きこもり君。それに、今は僕がいる。君の『本当は外に出たい』っていう願い、僕なら叶えてあげられる。ね、玄関に行ってみようよ。お庭に出るだけでいいからさ」
外に出られる?俺が?随分と都合の良い幻覚を見ているんだな俺は。
それに庭に出るだけってなんなんだ。誰の願いでそんなことを…。

でも、今日はエイプリルフールだ。
この冗談みたいな幻覚に付き合ってやってもいいかもしれない。
夜なら誰にも見つからないだろうしな。
なぜか急にそんな考えが浮かんだ俺は、着替えて玄関へ向かった。

「さあ!扉を開けてみて!僕が魔法をかけたから、今の君は絶対外に出られるよ!」
靴を履き、震える手で玄関のドアノブを掴む。
冷や汗は出るものの、本当に動悸も眩暈もしなかった。
ギイーーー

これまでのことが嘘のように、俺はあっさりと外に出て、家の庭に向かう。
なんだかぼんやりしていて、頭がうまく働いていない気もするが、久しぶりの外は、月明かりが優しくて、思いの外心地良かった。

「嘘だろ…本当に外に出られた…」
「だから言ったでしょ!大丈夫だって!ーーーさて、この子が願いの主だよ」
そう言って妖精が指差したのは、俺が生まれた年に植えられた一本の木だった。
「この子がね、君の姿がもう何年も見えない、どこにいるのか、大丈夫なのか、会いたい、会いたいってずっと僕に言ってきててね、あんまりかわいそうだから、本当はダメだけど僕が君の前に現れて、君を連れ出したってわけ」
「そう、だったのか…」
「今は久々に君の姿が見られてとっても喜んでるよ。この子にとって君は特別に大切な友達なんだってさ」
にこにこと木を撫でていた妖精が、くるっとこちらを向いて、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「一度外に出られたんだ。きっと君はこれから、お日様の下も歩けるようになるよ。だから、どうか、この子のことも忘れないで。年に一度でも良いから、顔を見せてあげてね」
「わかった…約束する」
「ふふ、絶対だよ?」
妖精と木に向かって微笑んだその時ーーー
「宏樹!あなた、外に」
窓を開け、こちらを見て涙を流す母と父。
ふと周りを見れば、あの妖精はいなくなってしまっていた。
「ああ。お袋、親父、俺、外に出られた。この木と、エイプリルフールの妖精のおかげなんだよ。俺、これから頑張るから」
俺の言葉に少しきょとんとした両親だったが、すぐに笑顔になって俺を抱きしめにきてくれた。

幻のような妖精のおかげで、俺は扉を開けることができた。
これからは自分の足で、一歩ずつ進んでいこう。
冗談みたいなエイプリルフールの奇跡と、特別な友の存在を胸に刻んで。





テーマ『エイプリルフール』

4/1/2024, 11:07:00 AM