『冬になったら』
冬になったら、二人でマシュマロホットココアを飲む。
寒くなったら、二人で身を寄せて、こたつで暖をとる。
雪が降ったら、二人で雪合戦をする。
クリスマスの日は、二人でケーキを食べる。
大晦日には、二人で年越しそばを食べる。
お正月は、二人で手を繋いで初詣に行こう。
二人で、美味しいものをたくさん食べて太ろう。
俺らには、明るい未来が広がっている、はずだった。
お互いに、自分の未来を想像した時、二人一緒が
当たり前で、それ以外の未来なんて頭には無かった。
これからも、二人一緒に生きていこうって決めたのに。
もし、誰かに引き離されても、絶対に迎えに行くって
言った。
でも、天と地じゃ、追いつこうにも追いつけねぇよ。
「冬になったら、どんな楽しい思い出をつくろうか」
冬が近づいてから、ずっとその話しかしなかったのに。
冬になって最初にできた思い出が、お前の葬式になった 俺の気持ちを考えてくれ。
毎年、冬が来るたびに、そんなことをずっと考える。
待ちに待った、冬が来たあの日。
お前は、辺りが真っ暗になっても帰ってこなかった。
冬が来たから、公園ではしゃぎまわっているのだろう、
とも考えたけど、あまりにも帰ってこなくて、悪い予感が
した。
しばらくして、1本の電話がかかってきた。
相手は、ずっと待ってたお前だろうと思い、
すぐに電話に出る。
でも、電話は見知らぬ警察からで、用件を聞いたとき、
最悪な現実から目を逸らしたくなった。
凍結した路面でスリップした車に巻き込まれて、
帰宅途中のお前は死んだ。腕に大きな花束と、結婚指輪を
抱えて――。
その花束の、血の飛んだメッセージカードには、
「僕と結婚してください」という、俺宛ての
プロポーズの言葉が記されていた。
俺が先に言おうと思ってた言葉。
そんな言葉は要らないから、生きて帰ってきて欲しかっ
た。
冬になって、最初の出来事がお前の死――。
未だに、現実を受け止めきれていないけれど、
俺は今年も、お前のいない、一人の冬を迎える――。
『はなればなれ』
輝きを失った目、悲しさが滲み出た表情、
喪失感からの涙。
普段、表情に出ない親戚も今は泣き崩れている。
俺は「絶対に泣かない」と決めたのに。
周りの大人が泣き崩れていたら、瞳の奥に溜まった
涙なんて、我慢できずに溢れてしまうだろ。
顔を出し、棺桶の中を覗く。そこには、冷たくて、
綺麗な花に包まれた、両親がいた。
何度、「父さんっ」「母さんっ」と呼んでも、
いつもの微笑みの混じった返事は返ってこない・・・・・・。
冷たくなった二人の手を握って、自分の体温で
温めようとしても、二人の手の温度は上がらない。
何をしても生き返ることはない、とわかっている
はずなのに。
どうしたら二人が生き返るのか、ただ、それだけを
考えた。
今日は、両親の葬式だ。
両親が棺桶に入る姿を見るのは、もっと先だと思って
た。
俺はまだ、高一だよっ・・・・・・。
俺の両親は、駅で電車を待っていた時、隣で線路に
突き飛ばされた子どもを救おうと線路内に入ったと
いう。
突き飛ばされた子どもは救うことができたが、
両親は電車が来る前に、線路内から脱出することが
叶わず、電車に轢かれてしまった。
二人共、その場で即死が決まった。
両親は、結婚してからずっと行けていなかったから、
新婚旅行に行く予定だったんだ。
二人で楽しい時間を過ごしてもらいたくて、
俺は新婚旅行の参加を辞退した。
だから、約1ヶ月は両親と離れ離れになることに
なっていた。
でも、まさか「はなればなれ」が永遠になるだなんて
想像もしてなかったよ・・・・・・。
『子猫』
生まれてからずっと、同じ時間を共にした
愛猫を亡くしてから、君は心ここに在らず。
そんな君に、僕はこの子を贈る。
その子を手の中に抱いた君は、久しぶりの
笑顔と、幸せそうな顔を見せた。
透明で綺麗な涙が頬を伝っている。
そんな君の表情が見たくて。
君に元気になって欲しくて。
空へ旅立ってしまった、君の愛猫の代わりとは
言わないけれど、僕はこの子を君に贈るから。
この子とも、大切な思い出を作ってみないかい?
君とこの子との幸せな未来を願って――。
君に――子猫を贈ります。
『秋風』
教室の窓側の1番後ろの列。
僕のお気に入りの席。
春、夏、秋、と冬になって雪が降り始めるまでは、
きまって窓を開けて、風になびいてカーテンの隙間
から、ちらっと見える空を眺める。
夏が終わった。
服が汗で濡れてベタつくように蒸し暑くて、
うるさいセミの声はもう、聞こえない。
いつも通り、窓を開け、授業中に頬杖をつきながら
外を見る。
少し強い風が吹いて、僕の髪はふわっと空気に
持ち上げられた。その風は少し冷たくて・・・・・・。
「秋風――」
嫌になるほど蒸し暑かった夏が終わり、
少しだけ風が冷たい、紅葉が映える、秋がやってきた。
『また会いましょう』
桃色の、大きな花弁をつけた桜の木。その花弁がふわふわと散り始めたあの日、貴方は僕に一言、言葉を遺して、1人未知の世界へと旅立った――。
少し広めの個室の病室。病室特有のしんみりとした雰囲気はなかった。
そんな要素をひとつとして、感じさせられないような、桜の香りで溢れる和やかな雰囲気の部屋。
そこには、白いベッドや綺麗な花が生けられていた。
僕と貴方が出会ったのは、奇跡といってもいいくらいだ。
病院の図書館で、たまたま、隣の席に座っていて、たまたま、読んでいた小説の作者が同じ人だっただけ。
そんな偶然が重なって奇跡となり、僕らはお互いの病室まで通い、世間話などをする仲になった。
この、二人だけの時間が楽しみで、寝る間も惜しんだな。
けれど、出会いは突然に、というように、別れも突然だった。
窓を開けて、おだやかな風に乗り、ふわふわと桜の花弁が手のひらに舞い込んで来た時。
貴方の容態は急変した。
あなたの苦しむ姿を目の前にした時、僕のからだは固まってしまう。
何とか必死に手を伸ばして、ナースコールを押し、先生を呼ぶ。
貴方が苦しまないように、先生は最善を尽くしてくれた。
そのおかげで、命の灯りが途絶えてしまうまでの最後の1時間を、共に過ごせることができた。
結局、最後までいつもと変わらない話しをしていたけれど、その中でお互いに通じる想いを伝え合うことができた。
それもあってか、貴方は逝く前に僕に言葉を遺した。
今、思い返して考えてみれば、その言葉は、僕が貴方を失うことへの寂しさや喪失感、自分たちがまた会えることを願って、の言葉だと理解出来る。
彼女は、最後まで人の心を救うような、心優しき人間だった。
――「また会いましょう」。