#時を繋ぐ糸
小さいときにおじいちゃんにもらった糸電話。
秘密を共有しているみたいで楽しくて、
ずっとおじいちゃんと話してた。
中学生になってもずっと。
でも、その日は必ずやってくる。
おじいちゃんがいなくなる日。
いなくなってから気づいた。
おじいちゃんと僕との間に流れる時間は同じでも
スタート地点が違って、最期までふたりで居られるとは
限らないこと。
今となってはもう懐かしい糸電話。
だいすきなおじいちゃんと僕の時間を
あの糸が繋いでくれていたんだ。
#君が隠した鍵
心因性記憶障害だと医者に言われた。
君は何も覚えていない。
名前はもちろん、恋人である俺のことも。
思い出してよ。
教えてよ。
君はどこに記憶の鍵を隠したの。
#手放した時間
あるとき、友達が僕に言った。
「無駄な時間だったな」と。
それを言われたのは、僕が失恋した瞬間であった。
その言葉を受けて、少し違和感が残ったのを覚えている。
たしかに僕は恋をしていたけれど、付き合いたいとか
自分のものにしたいとか、そんな思いはなかった。
じゃあ、それは恋というのか、と聞かれたとして、
僕は間違いなく首を縦に振るだろう。
だって、この気持ちが恋である自覚があったのだから。
大多数と同じように、その特定の人物に会えれば
嬉しくて胸がいっぱいになるし、目で追ってしまうし、
声も仕草も知らないうちに記憶している。
友達と同じような存在でなければ、推しでもないのだ。
たしかに恋だった。
それでも付き合いたいとは思わない。
僕にとって、彼への恋のゴールはそこじゃない。
まあ、多少は独り占めしたいとか思ったりもしたけど
彼の幸せを一番に優先したかったんだと思う。
綺麗事じゃない。僕なりのエゴだ。
彼の幸せそうな顔に、人付き合いが上手いところに、
時折見せる誰かへの想いに満ちた目に僕は惚れたから。
彼の恋が実ったとき、同時に僕の恋は散った。
少しチクッとしたけれど、悲しみで溢れることはない。
だって、彼が幸せそうな顔をしてたから。
#君を照らす月
君と初めて出逢ったのは満月の綺麗な夜のこと。
ひとりで月を見つめ、それに照らされている君がいた。
一目惚れだったよ。
綺麗だけど、どこか消えてしまいそうに儚くて。
守りたいと思った。手を握って離したくないと。
月の見えない昼には無邪気な笑顔をぱっと咲かせる君。
そのギャップもまた愛おしいんだ。
今もこうして、あの時と同じように2人、月を見てる。
すぐ近くにいるのに抱きしめられないもどかしさ。
また君を美しく照らす月が少し憎くて羨ましい。
ねえ、月が綺麗だよ――。
# Midnight Blue
君は、夜になるといつもサングラスをかける。
太陽も出ていない暗い夜になぜサングラスなのか
ずっと疑問に思っていた。
そして1つ、他のサングラスとは違う点を見つけた。
それは、君の瞳が全くと言っていいほど見えないこと。
まるで、スキー用のゴーグルをつけているように。
しかし、今日、僕は知ることとなる。
君が日のない影を落としたような夜に瞳を隠す理由を。
日中は茶色く透き通った瞳を魅せる君だけれど、
深夜になるとその瞳はとても深い紫みの青色に染まる。
深海のように深く深くにある青に魅せられて引き寄せられて
いくようだった。
そんな力が彼の瞳にはあったのだ。
君は変だから、と必死に隠そうとするけれど、
僕は思ってしまった。
ああ、なんて綺麗な瞳なんだろう。
いつか、その瞳に吸い込まれたい――と。