【梅雨】
雨が降ると陰気になるの。暗いと気分が曇るから。私は外で泣きたくない。雨は隠してくれないけれど。誤魔化してくれるから。梅雨は嫌いで雨も嫌い。けれど、私を助けてくれる。誤魔化しきかぬ君の前まで。いかなきゃいけない何度でも。これで何度目、もう飽きた。
「君が泣くから僕は救われない。」
【天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、】
天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、違う話。
「天気じゃなくて、違う話もたまにはしようよ。例えば明日のこととか。」
久しぶりの遊びの予定だった。日時は決まっているくせして場所のことなんてお互い何も言っちゃいなかった。それに、前々から、行きたい場所があるなんて聞いていたからちょうどいいんじゃないかって思った。
「あー、場所? それなら、行きたいところがあるんだけどさ。」
「そう、場所。行きたいところ聞かせてよ。」
明日は早めの夏祭りだからそこに行きたいとでもいうんだと思っていた。天気がいいから祭りは絶対にやるだろうし。
「水族館行きたいんだよね。ほら、俺って明日誕生日じゃん?」
誕生日、忘れていたわけじゃない。むしろ、遊びの予定を立てる時もそれを理由に立てていたはずだった。けれど、こいつが小さい頃の誕生日に親の急な用事で水族館に行けなくて心残りが残っていたことは知っていた。だから、誕生日の日に行く水族館は嫌だと思っていたのに。
「水族館に行った後に祭り行こうぜ。祭りって、明日だろ?」
「確か明日だけど。なんて欲張りセット。」
言っていて笑えて来てしまった。僕の笑いにつられてこいつも笑う。水族館に行けなかったことを話したときも、今も。変わらない笑顔で笑うんだ。だから、僕が天気よりしたい話は違うこと。どうだっていい。
「いいよ、僕の明日は全部お前に預けてあげる。」
【ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。】
ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。音がしたからか、気配を察知したからか。はたまた、誰かから聞かされていたからか。それとも気分。どれも合ってるけどなんとなく違う気がする。今、私が逃げているのは現実からかもしれない。怪物からかもしれない。なんとなく、走らなきゃいけない気がした。それだけ。それでいいと何人が言ってくれるだろうか。何人が肯定するだろうか。そんなの知らない、どうでもいい。ただ、私はひたすらにがむしゃらに必死に走る。何かから逃げるように。何かに縋るために。
「そりゃ、ゆっくり歩いてもみたかった。」
でも、邪魔されるなら仕方ない。
【「ごめんね」】
「ごめんね」
彼女はそう言った、苦しそうな声で。私は許すことなんてできなかった。だって、私だって怒りたくて怒ったわけじゃない。ただ、どうかしてたんだ。だから、二人とも悪いとかないと思う。不運が偶然にも重なって起きてしまっただけ。そう思ってる。ただ、彼女はそうでもないらしい。私のせいなのに、なんて思っても嘘になる。
「嫌いになってよ、永遠に。」
言っちゃいけないことは分かってる。でも、それ以外にどうすればいいかなんて誰も教えてはくれなかったし本にも書いちゃいなかった。迷ってる、路頭に。叫びたい、大きな声で。ごめんねって言った彼女をもう悲しませたくなくて嫌いになって欲しかった。これは私だけの現実逃避かもしれない。彼女は逃げられないかもしれない。でも、何故かあの時はそれが最善だと思ってしまったんだ。
「こんなはずじゃなかったの。」
動揺を隠しきれない声音。どんどん早くなる鼓動。目の前にいる彼女は昔と少し違う。いや、だいぶかも。優しい顔をしてその手を赤く染めていた彼女は奇麗だった。私の最後に見た景色。
「ごめんね」
【半袖】
暑くてバテそう。半袖じゃなくてもはやタンクトップにするんだった。そんな、悪態を心の中で吐きながら自転車で10分。坂は無いけど信号が結構ある道を走っていく。暗い時間ならいいものの明るくてかなわん。
「よっ。」
信号待ちのところで声をかけられる。
「よくも、そんな清々しい顔できる。この暑さに半袖で。」
「さっきアイス食ったからさ。コンビニいたの。」
コンビニで買った証拠として袋を見せられる。アイス、いいな。元気に走り回る子どもが声を上げて信号を渡り始めた。青だ。
「じゃあ、図書館行くから失礼するわ。エアコンの素晴らしさ感じてくる。どこ行くか知らんけど倒れんなよ。」
「倒れんわ。ってか、行くとこ一緒だし。」
歩きと自転車。明らかにスピードは違う。だから、風も感じられない。この暑さに嫌な思いをするだけ。残り5分程の道を終わるななんてさっきとは真逆なことを思いながら歩みを進める。