【「ごめんね」】
「ごめんね」
彼女はそう言った、苦しそうな声で。私は許すことなんてできなかった。だって、私だって怒りたくて怒ったわけじゃない。ただ、どうかしてたんだ。だから、二人とも悪いとかないと思う。不運が偶然にも重なって起きてしまっただけ。そう思ってる。ただ、彼女はそうでもないらしい。私のせいなのに、なんて思っても嘘になる。
「嫌いになってよ、永遠に。」
言っちゃいけないことは分かってる。でも、それ以外にどうすればいいかなんて誰も教えてはくれなかったし本にも書いちゃいなかった。迷ってる、路頭に。叫びたい、大きな声で。ごめんねって言った彼女をもう悲しませたくなくて嫌いになって欲しかった。これは私だけの現実逃避かもしれない。彼女は逃げられないかもしれない。でも、何故かあの時はそれが最善だと思ってしまったんだ。
「こんなはずじゃなかったの。」
動揺を隠しきれない声音。どんどん早くなる鼓動。目の前にいる彼女は昔と少し違う。いや、だいぶかも。優しい顔をしてその手を赤く染めていた彼女は奇麗だった。私の最後に見た景色。
「ごめんね」
【半袖】
暑くてバテそう。半袖じゃなくてもはやタンクトップにするんだった。そんな、悪態を心の中で吐きながら自転車で10分。坂は無いけど信号が結構ある道を走っていく。暗い時間ならいいものの明るくてかなわん。
「よっ。」
信号待ちのところで声をかけられる。
「よくも、そんな清々しい顔できる。この暑さに半袖で。」
「さっきアイス食ったからさ。コンビニいたの。」
コンビニで買った証拠として袋を見せられる。アイス、いいな。元気に走り回る子どもが声を上げて信号を渡り始めた。青だ。
「じゃあ、図書館行くから失礼するわ。エアコンの素晴らしさ感じてくる。どこ行くか知らんけど倒れんなよ。」
「倒れんわ。ってか、行くとこ一緒だし。」
歩きと自転車。明らかにスピードは違う。だから、風も感じられない。この暑さに嫌な思いをするだけ。残り5分程の道を終わるななんてさっきとは真逆なことを思いながら歩みを進める。
【天国と地獄】
位置についてよーいドン!
威勢よく運動会の定番の天国と地獄が流れ始める。
「1組早いです!2組追い抜きます!」
そんな感じのアナウンスが場内を盛り上げる。私は今日も最下位。一位なんてとれたことない。そんな中、手を引かれた。
「連日通りにすれば大丈夫だから。バトン受け取るから。」
って。ロマンチストじゃん。
【月に願いを】
月に願いを込めるのならば何を願うだろう。私はきっと今ならば帰りたくないと願う。空に向かって空虚に向かってどうか、私を連れ戻すなかれと語り掛ける。報われなくてもいい。ただ、この人の死を、永遠を、一瞬を。この目で見届けたい。そう願ってしまったんだ。だから、どうか
「連れ戻さないでくれ。」
「月に向かって語り掛けているんですか。相も変わらず、私がしないようなロマンチストみたいなことをしてくださる。」
後ろからかけられた声に耳が反応する。騒ぐな、心臓。
「うるさいぞ。ロマンチストでも何でもない。ただの、上を向いてしまっただけの独り言だ。」
嘘じゃない。月に、空虚に向けた独り言。大きいだろうか、いや私からしてみれば小さすぎるくらいだ。ふと、気になって、下を見てみれば大勢の人、ひと、ヒト。見るんじゃなかったと後悔してしまうほど。次の台詞は何だっけ。私は何者なんだっただろうか。
「余所見ですか、私がこんなにも熱烈な視線を送っているというのに。」
「何をする、前が見えないぞ。」
突然、後ろから目の前を暗くされる。手で覆われた真っ黒な視界。全く、台本にはない。アドリブなんていきなりで、演技じゃなく全くの本心から出た言葉。どっちがロマンチストだ。さっきのだって聞いていない。私以外だったらどうしていたというのだろう。視界が開けると眼前に見目麗しい誰もが恋するであろう王子様、そんな風に見える奴の顔。
「近い。」
「近づけてるんです、帰らないでくださいよってお願いのために。」
この台本の中のこいつも現実のこいつも策士だろう。じゃなきゃ、下の黄色い悲鳴が嘘になる。嘘にはさせない。だから。
「私は帰るよ。この綺麗な藤の花が見れなくなるのは残念だけどな。」
台本の中だと、この場面はこれで終了だった。だから、安堵していたんだ。知らないわけない、この言葉。
「私としてはもう少し惜しんでくれてもいいんですけどね。それはそうと、ほら月が綺麗ですよ。」
今なら死んでもいい。そう、思った。月に願いを込めるなんて充分
「ロマンチストだ。」
これ以降のアドリブはなく、劇が無事に終わった後。アドリブが多くてすごかったなんて言われたけどそれは王子様に吸い込まれただけでしかなかった。学園祭の出し物でここまでやるか、なんて野暮なことは言わない。みんなが楽しんでくれたらそれでいいんだ。そうして劇中の想いを静かに月に帰ったお姫様の元に投げた。
「藤の花に酔いしれて、か。」
【いつまでも降り止まない、雨】
行き場のない衝動をこの静かな雨でかき消そうとする。いつまでも降り止まない、雨。起きてからずっと曇りっぱなし、暗い空。それらすべてが仕方ないからというように俺の涙を隠そうとする。
「泣いてんの。」
「気にする必要はないでしょ。」
「必要は、ね。」
察したように、無言で一枚のちり紙を差し出される。求めてはない。湿気で少しだけ湿っている気がするちり紙に喜んでもいいかな。君が泣かせたんだ。振られたわけじゃないけど、振られたみたいなもんだろ。告白されて了解してるところを見たんだから。ずっと、好きだった。
「気づいてなかったでしょ、演技。お願いしたんだ、振り向かせたくて。」
きょとんしている間に口を奪われた。
「これで、気づいてよ。」
みるみると顔が赤くなっていくのを自覚した。
「そろそろ気づいていいかもしれん。なぁ、俺もお前のことずっと好きだった。」
流れるようなお互いの好き。もう一度、唇を奪われた。振り止まない雨が俺たちの熱い体温を必死に隠そうとしていた。