小砂音

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4/17/2023, 5:41:46 AM

#21 ここではない、どこかで

シャッターを切る音がする
ここではない、どこかで

鍵盤に指を置く音がする
ここではない、どこかで

燭台を片手に畳を擦る音がする
ここではない、どこかで

墨を溶く音がする
ここではない、どこかで

再会のキスの音がする
ここではない、どこかで

温めた水が器に落ちる音がする
ここではない、どこかで

密やかに呼吸する音がする
ここではない、どこかで

遥かな海を隔て、灰色に黄金の散る
標高の高い、白い花が咲いた
ここではない、“どこか”で

4/15/2023, 1:39:06 PM

#20 届かぬ想い

ふと予感がして、辺りを見渡した。
すると、ぼくの元へゆらゆらと燈會が流れ着いてきた。

ぼくは引き寄せ、思わずぎゅっと胸に抱いた。
届いた想いを読みながら、目を閉じ、奴の心に浸った。
そこに灯る明かりのように、心がぽっと温まる。
もう1年経ったのか。

初めて見つけた時は、こんな殊勝なことをする奴だったかと驚いたが、確かに意外とこんなことをする奴だとすぐに思い直したっけ。

想いを受け取り、これまでの燈會と一緒に周りに並べた。
お前は長生きだから、ぼくの住処はまるで橙の星の銀河だ。
数えきれないほどの燈會は、消えずに、朽ちずにずっとぼくのそばに在る。

大丈夫、受け取っているよ。
お前とぼくとの間には、届かぬ想いなんてひとつもないよ。

静かに、決して急がずに。
ぼくはただ、お前を待っている。
お前の褪せない想いとともに。

4/14/2023, 11:34:07 AM

#19 神様へ

明日が来ませんように。
神様にそう祈って、泣きながら眠った。
その所為か、夢に神様が出てきた。

でも驚いたのは、しくしくと神様も泣いていたことだった。

わたしは相手が神様であることを承知の上で、おずおずと背中から声を掛けた。
心配が半分、神様なんだからちゃんと仕事をしろという怒りの気持ちが半分、と言ったところだ。

神様は、悲鳴のような人々の祈りを一身に受け、己の無力さにとうとう耐え切れず、打ちひしがれて泣いているんだとわたしに言った。

この世を作ったのは神様でもないし、もちろん知恵の実を植えたのも神様じゃないらしい。
そう前置きをした上で、神様はただ、人間を見守るのが仕事なのだと言った。
そして神様の見守る仕事の、いわゆる給与に当たるものは、人々の優しい祈りだという。心が温まって元気が出て、メッチャイイらしい。

けれど神様の職に就いて約1万年程度――恐らく今のわたしの感覚で入社して3日目といったところか――で、もう辞めたくなったという。
悲しい祈りが多すぎて、受ける精神ダメージの割に合っていないというのだ。

そういえば、うろ覚えだけど「恋人に対する1度の失敗に対し、信頼を取り戻すには5回のプレゼントをしなければならない」と聞いたことがある。
それを思い出しながら、悲しい祈りに対して優しい祈りが5倍の量ないと、神様も参ってしまうのかなとわたしは思った。

神様は、今世の転生ガチャに失敗したと運命を呪い、傲慢に泣いていた。
そんなん知らんわと思ったし、わたしだって人間に生まれて嫌だしと思った。けれど、それでも。そんな神様の現代人みたいな愚痴を聞いて、わたしはすこし、親近感のようなものを抱いた。

わたしは偽善に限りなく近い正義感で、神様に、わたしにどうして欲しいか、できることはあるかと聞いた。
神様はぶっきらぼうに、自分に感謝の祈りを捧げてほしいと言った。
感謝の祈りはボーナスみたいなものなのかもしれない。
わたしは分かったと承諾して、神様と別れた。

馬鹿げた話だけれど、そんな夢を見て以降、わたしは神様を呪うことをしなくなった。

クソみたいな現実は変わらない。
自分を含め、アホみたいな人間は変わらない。
なのに、ただ何もせず怠惰に傍観しているらしい神様という存在に、なぜか感謝したくなっていた。

これも、神様の存在を信じる信仰なのだろうか。

わたしは朝、憂鬱な会社への出勤前に、心の中で祈りを捧げた。

神様へ、どうもありがとう。
優しくて弱くて愚かで可哀想な人間を、今日も変わらずに放っておいてくれて、どうもありがとう。

これが悲しい祈りなのか優しい祈りなのか、わたしには分からない。

4/14/2023, 4:57:30 AM

#18 快晴

同僚と1階に降りると、自動ドアを抜ける空気が快晴のそれだった。
同僚は本当にうれしそうな顔をして「すごくいい天気!」と褒め称え「こんな日はどこか旅行へ行きたいよね」とも言った。
わたしは笑みを浮かべて「本当だよね」と返した。

ピカピカに日差しを浴びた横断歩道。
往来する車も排気ガスを出しているなんて思えないほど、無害な乗り物のように輝いて通り過ぎていく。

7部袖のブラウスがちょうどいい、のびのびした日。
分かる。いい天気で旅行したくなる気持ちもとっても分かる。だけど。

わたしがどこかノスタルジックな気分になるのは、今にも雨が降り出しそうな曇天でもなく、しとしとと寂しげな雨の降る日でもなく――平日の、なぜかこんな過ごしやすい晴れ渡った日だ。

ふわりと、清々しいとしか表現できない風がわたしの後れ毛を揺らした。押し寄せる、どこか胸を締め付けるような感情。

その理由が分からないまま、わたしは快晴がちょっと落ち着かない気持ちを秘密にして、ランチに向かう。

4/13/2023, 7:47:30 AM

#17 遠くの空へ

涼しげにせせらぐ夏の川辺で、やわらかな明かりの灯った直方体を、押し出すように夜空へ送り出した。

彼は星になったわけではない。
空に帰ったわけでもない。
もうどこにもいないことは分かっているけど、この燈會は、そんなどこにもいないはずの彼に必ず届くと思った。
小さくなっていく橙を見つめながら、例年通り、確信した。

さあ、行ってくれ。
より高く、遠くの空へ。

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