#62 夢見る少女のように
いい歳の大人になっても
少女のような夢を見てる
いつまでも、夢を見てる
イタいと言われるけれど
少女のままでいなければ
保てない、脆い心がある
たぶんそれは、本当は、
多くの人が、そうなのだ
きっと、例外はすくない
少女は夢を見てる
幸せな人生を歩む夢
それを小馬鹿にした少年だって
本当はおんなじものを見てる
叶わないから
叶わないと知ったから
それは夢になってしまう
月日という大いなる力が
甘い妄想に包まれた夢に変えてしまう
夢見る少女のように
老婆は大切なものを忘れてゆく
#61 さあ行こう
祖父は、わたしが出発することを咎めも反対もしなかった。
「……分かった」
夕餉の器からのぼる柔らかな湯気の奥で、微笑みながらただゆっくりと、そう言葉を紡いだだけだ。
確かに、随分と長い沈黙はあった。だけど、案外それだけ? と思ったりした。
わたしはまだ年端も行かない子どもで、自分の確固たる決意に逸り、愚かにも、ただ独りで満足していたのだろう。
「おじいちゃん。ありがとう」
「……そうだね、ヒビを連れて行きなさい」
「いいの?」
「ああ。この子は賢いし、お前によく懐いている。きっと役に立つし、守ってくれる。この先もずっと、そばにいてやりなさい」
こんがりと焼けたパンと同じ色をした小型の獣は、とても優しい目をしている。祖父の提案にとてもうれしくなった。わたしはヒビを頭から背中、太い尻尾の先まできちんと撫でてから、「うん」と大きく頷いた。
この日食べたスープとパンが、祖父との最後の晩餐になったことが、わたしのひどい心残りだ――。
「また思い出しているの? 旅に出る、前日の夜のことを」
大きな狐の、その優しい眼差しから言葉が紡がれた。わたしは生ぬるい風の吹く崖のそばで、ピンク色に褪せる雲に視線を移した。
「……うん」
だってあの日、祖父は自分の想いを飲み込んでいたんだ。寂しくなるね――その一言を。
「その代わりの言葉が、『愛しているよ。……もう時間だ、行きなさい』だったんだ」
翌日の朝、出立のとき。祖父はこう言った。
わたしは祖父の想いに気づかず、強く温かな抱擁を交わし、笑顔で手を振った。笑いながら、さようならをしたのだ。
「もらってばかりだった。おじいちゃんには、何もしてあげられなくて、返せなくて、寂しい思いまでさせた」
「そんなことはないさ」
優しい獣はそう言って、額をわたしに押し付けた。わたしはそれを撫で返しながら、今夜は雨になることを悟った。
「さあ行こう」
ヒビの真っ直ぐな視線が、気を取り直すようにそう言う。わたしは項垂れるように、小さく頷いた。
そうだ、わたしは進まなければならない。
育ててくれた祖父を置いてまで始めた旅の、きっとくだらない結末に向かって。
#60 勝ち負けなんて
勝ち負けを優劣と勘違いするからおかしくなってる。
勝ち組とか負け組とかもそうだし、順位を決めない運動会もそうだ。
人工知能が発達する前から、既に社会がおかしくなってる。
――仕方ないなあ、もう。
そんなふうに、ビジュが最高な生成人間に笑って甘やかされて、人間はメロつくんだ。
猛暑で右脳も左脳も溶け合って、空調の効いた部屋でゲームをしているそう遠くない未来、易しいはずのPCが相手なのに、ディスプレイにはYou Dieって映ってる。
#59 光と闇の狭間で
言葉を大切にしているのに
声にならなかったものを愛している
誰にも伝わらないものが
言葉以外の何かに書き換わっていて
冷えきった体を誤魔化すための掠れた鼻歌になったり
プラットホームに立つ人の背中を押したりしている
誰もいない、ただわたしのためだけにある家にも
ブレーカーを落としたような夜が来る
何もない部屋の窓際に横たわっていると
この国は希望とは程遠い光であふれていることに気がつく
こちらにいても
そちらにいても
何も変わりはしないんだ
見せかけの明暗
きっと真実は
生真面目で融通のきかない月日がただ
照らしたり沈んだりしているだけ
繋いだ手が離れた
愛しい人は自由な旅人になった
まだ生産者のわたしは
チカチカと目まぐるしい点滅を浴びながら
前へと押し流されていく
ここは狭間だ
「……。」
暗がりで拾う、遺された音
そこに言葉はなくて
輝く想いはあった
そこで光った
確かにあった
ここにいなければ
確かめられないこと
ここにいなければ
確かめられない音
#58 空が泣く
いつもあなたはそうやって
我慢するわたしの代わりに
空色の傘を開かせてくれる