小砂音

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8/27/2024, 3:10:26 PM

#57 雨に佇む
雨に打たれなければ、癒えない感情は存在する。
雨に打たれなければ、満たされない感情も存在する。
雨に打たれなければ、生まれなかった感情も存在する。
雨に打たれなければ、流せない感情も存在する。

そういうものをわたしは幾つか知っている。
きっと誰しもが知っている。

だからドラマや映画などで、使い古されている。

そんなことを、雨の降る窓辺に佇んで、コーヒーを飲みながら考える。
雨の降り頻る日曜日の朝は、退屈なのに、このようにどこか好ましい。

8/26/2024, 3:28:06 PM

#56 私の日記帳

日記でさえ、他人に読まれてしまうことを想定して、うまく書けなかった。だけど、他人の目を気にしすぎることが損だということに気づいた最近は、日記が書けるようになったし、続くようにもなった。
包み隠さず書くコツは、固有名詞もきちんと記すこと。汚い言葉も拙い言葉もそのまま書くこと。そして、柔らかく呼吸するようにするすると書けるボールペンを選ぶこと。
正直、楽しいことや嬉しいことがあった日は書く気がしない。苦しくて、辛くて、むかついた時にしか、書きたい衝動には駆られない。たぶんわたしにとって、上手く言葉にできず、整理できない感情を抱くことが苦痛なのだと思う。
そしてありのまま書き連ねたあとは、一種の開放感が生まれて、ぐしゃぐしゃで眠れなかった脳味噌にも、羊が一匹二匹……とやって来るようになる。
今日も気づきを書いていた。今日は珍しく、他者に対する嬉しい気持ち。
日記を通して、言葉を知りたい気持ちも、育み続けようと思う。やはり言葉は、よく分からない気持ちを表すために、とても大切なものだ。

6/12/2024, 3:37:51 PM

#55 好き嫌い

――好きです。
予期せずそう言われた瞬間、わたしはその人のことを嫌いにならざるを得なくなった。
家族がいるのに、なぜそんなこと言うんだろう。
混乱した。
悲しかった。
とてもやさしい、いい人なのに。
一人の人としては好きではあった。
それなのに。
なんて自分勝手な、残酷な告白をするんだろう。
その言葉が大切な人全員を傷つける言葉だと、どうして気づかないのだろう。

わたしは惨めにもなった。
恥ずかしくもなった。
家族に憧れていて、でも自分の事情で人よりそれを得るのは困難で、そんなわたしの事情などもちろん知らず、その人はわたしに好きといいながら、家族との幸せをわざわざ名指しで垣間見せたりする。

法律が違ったら、国が違ったら、価値観が違ったら、ショックも受けず、うれしいと思うのだろうか。

この「好き」と「嫌い」が不思議なまでに、愚かなまでに、共存してくっついている「好き嫌い」は、なんなのだろう。

そしてそんな好き嫌いを心に棲まわせながら、無視をして、何事もなかったように接しているわたし。
仕事に支障が出ないように、距離を置きすぎないように、でももちろん近づかないように。自分勝手に、今まで以上でも以下でもなく接している。

サイコパスは、二人いるのかもしれない。

3/31/2024, 2:40:18 PM

#54 幸せに

幸せに名前をつけてはならない。
そう遠くはない近くで、
ごくたまに思い出せるくらいに留め、
ぼんやりと不確かにさせているのがいい。

幸せの名を呼んではならない。
名前を呼んでしまえば最後、
渇望あるいは退屈がくるりと振り返り、
死ぬまで追いかけて来る。

幸せは、お化けのようなものなのだ。

それでももし幸せを掴んだのならば、
ゆっくりとでも、離さなければならない。
いや、厳密に言うならば、喰われる前に、
ふわりと広げて、まとっていなければならない。

まとったそれを、細々と、ちんまりとでも、
時に大胆に分け与えていけたならば、
そのお化けは本当の幸せになって
死ぬ間際にだけ、笑いかけてくれるのだ。

なんと取り扱いの難しいものだろうか。
それでも。だからこそ。
私は幸せになりたい。

3/10/2024, 6:12:17 PM

#53 愛と平和

それを歌えた頃が懐かしい。

兄から譲り受けた部屋には、たくさんのCDと1本のギターが残されていた。
時間をかけて全部聴いた。
錆びた弦など気にもしないで、指先の指紋がなくなるまで弾いた。
自然と、歌うようになった。

独りだった。
ちっぽけだった。
若かった。
パンクでロックを気取りながらも、理解のできない英語でできた、愛と平和を信じてた。

一人だ。
大きさの分からぬ歯車だ。
もう若くはない。
トイックで800点取ったのに、理解ができなくなった歌詞。

それでも。
着慣れたスーツの奥で、鳴ることがある。
兄の墓の前で、聴こえることがある。
別れた彼女の思い出の中で、響くことがある。

恥ずかしい思いに、寝返りを打った。
一度でも信じたことがあるのなら、まだ歌えるのかもしれない。そう思ってしまった。

眠れなかった。
愛と平和どころではない月曜日を着々と迎えていた。

薄く、唇を開いた。

夜明け前の鼻歌は、掠れていた。

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