小砂音

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#55 好き嫌い

――好きです。
予期せずそう言われた瞬間、わたしはその人のことを嫌いにならざるを得なくなった。
家族がいるのに、なぜそんなこと言うんだろう。
混乱した。
悲しかった。
とてもやさしい、いい人なのに。
一人の人としては好きではあった。
それなのに。
なんて自分勝手な、残酷な告白をするんだろう。
その言葉が大切な人全員を傷つける言葉だと、どうして気づかないのだろう。

わたしは惨めにもなった。
恥ずかしくもなった。
家族に憧れていて、でも自分の事情で人よりそれを得るのは困難で、そんなわたしの事情などもちろん知らず、その人はわたしに好きといいながら、家族との幸せをわざわざ名指しで垣間見せたりする。

法律が違ったら、国が違ったら、価値観が違ったら、ショックも受けず、うれしいと思うのだろうか。

この「好き」と「嫌い」が不思議なまでに、愚かなまでに、共存してくっついている「好き嫌い」は、なんなのだろう。

そしてそんな好き嫌いを心に棲まわせながら、無視をして、何事もなかったように接しているわたし。
仕事に支障が出ないように、距離を置きすぎないように、でももちろん近づかないように。自分勝手に、今まで以上でも以下でもなく接している。

サイコパスは、二人いるのかもしれない。

6/12/2024, 3:37:51 PM