※先日の分との2本立てです
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#16 言葉にできない
言葉にできないことを言葉にして伝えるために、わたしは文章を書くことを練習するし、たくさん読むことを大切にしている。
言葉にできないことをありのまま「言葉にできない」と伝えることこそが素晴らしい場合も、もちろん多くある。
けれど、わたしはなるべく言葉にしたい。曖昧で複雑で矛盾を伴っている気持ちを、誤解や語弊と言った未熟故の犠牲を伴ったとしても、なるべく言葉で表現し、残すでも、伝えるでも、発信するでもしたいのだ。
これがわたしの人間としての心がけであり、わたしの突発的ではない、どこか永続的な、生きている限り続くであろう衝動だ。
獣の動物ではなく、社会の動物である人間として生まれた意味を考える。
そしてこれが人間として大事にしたいことだと、日々を通して、わたしは強く感じるのだ。
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#12 沈む夕日(2023/4/11/1:43:00)
「空木さんはなぜ地球学を?」
「きっかけは8歳の頃に見た“沈む夕日“ですね」
「沈む夕日って……あの?」
インタビュアーは少し驚いた顔をした。
世界的科学賞を受賞した研究者の勉強のきっかけが、あまりに世俗的だったからだろう。
「はい。ぼくはあのデータ化石発見のニュースで、太陽が沈んでいる様子というのを初めて見たのですが、感動しました。実に映えていたのはもちろんのこと、地球から見た宇宙――空と呼ばれたものが、太陽によってこんなにも美しい色に染まるのだなと。これが、ぼくが地球に興味を持つきっかけとなった出来事です」
「なるほど。付けられていた“沈む夕日“というタイトルもいいですよね」
「そうですね。ぼくらにとって太陽は自転しているだけのものですが、地球人にとっては昇って沈むというのが当たり前だったことを、ありありと表している表題ですね」
ぼくは思い出を語るかのように続けた。
「このharuka*324というアカウントの、インスタグラムという当時流行していたネットワーキングサービスのデータ化石発見のお陰で、当時『イマソラ』というハッシュタグが広く利用されていたことも分かりました。これは地球学が躍進を遂げる大きな一歩となりました」
「添えられていた失恋のポエムも若者の共感を呼んで、映画化もされましたよね」
「そうですね。ぼくも中学生になってからですが、観ました。いやあ、泣きました」
ぼくが照れ臭い笑顔を浮かべたそんなタイミングで、インタビュアーは今日のメインとなる、ぼくの地球学研究の論文についてへと話の軌道を変えた。
さすがだなと気を引き締めつつも、ぼくはもう少し“沈む夕日”について話したかったなと残念な気持ちになった。
その物足りなさの所為だろう。
片手間のようにインタビューに答えながら、ぼくの脳はやり取りの間じゅう、久しぶりに思い出した“沈む夕日”へ想いを馳せることに使われていた。
インタビュアーの背後に広がった大きなガラス窓に映る、仄暗い宇宙空間。地球があったとされる宇宙座標の方に、自然と目が向いた。
ぼくは地球学を学べば学ぶほど、自分の先祖が羨ましくてたまらなくなる。そして同時に思う。なぜ、あんなにも美しい地球を、星の寿命が来るよりも遥か前に、あっという間に壊してしまったのだろう。
「ぼくは地球に生まれ、育ち、沈む夕日をこの目で見たかった」
そうぼくは口に出していたようで、インタビュアーに怪訝な顔をされ、取材は一時中断する事態となった。
#15 春爛漫
ぼくの春爛漫は、少し早い。
河津桜が咲く頃だからだ。
息子と一緒に、少し遠い散歩に出向く。
川沿い近くまで車で連れて行ってもらい、
降りて、そこから小さな距離を歩いた。
来年、ここに来れるかどうかは分からない。
「――さん、ありがとう」
ぼくの人生には、愛されなかったこと、
お金がなかったこと、死のうと思ったこと、
とても不幸な記憶や思い出がたくさんある。
けれど君と出会い、息子を迎え、
幸せだったし、これからも幸せであると誓おう。
たくさん喧嘩もしたし、別れようともした。
子どもをもらうことでもとてつもない葛藤があった。
差別や好奇の目は、いつもすぐ隣に住んでいて、
隙あらば攻撃しようと、虎視眈々と目を光らせていた。
だけど、ぼくの人生は尚も続く幸せの中にある。
よくある恋愛が、よくあるのに難しい愛が、
こんなにも育ったことがあまりにも幸せだ。
「また来るよ」
魂はどうだか知らないが、
二月に咲く桜の木の下にきみの骨はある。
ぼくも近々、その暖かな土に包まれに行くと思う。
息子には秘密だが、その日が楽しみだなあと
春爛漫の中、ぼくの言のひとひらはふわりと散った。
#14 誰よりも、ずっと
――“誰よりも、ずっと”?
こんな枕詞、自分に対して使えと言われたら、次に何を付けたって烏滸がましくなるじゃないか。
他人のことなんて、理解しようったって無理だというのに。
そんな誰かを、自分との比較の土俵に上げるというのか。
でも、そうだな。
このフレーズを使えるような人間になることを、今から目標にしたっていい。
誰よりも、ずっと。
わたしは考え、それを元に生きる人になりたい。
誰よりも、ずっと。
この後に続く素敵な言葉を、その誰かという相手に伝える人にわたしはなりたい。
#13 これからも、ずっと
「これからも、ずっと」
なんて使い所の少ない言葉だろう。
現状に満足した状態で、ずっとだなんて極論無理なものを願掛けるような文。
だけどそんな穴だらけの言葉に、救われるわたしがいる。
つい、口を突いてしまうわたしがいる。
かなしい優しさから生まれる言葉なのかもしれない。
冷たい情熱が言わせる言葉なのかもしれない。
#11 君の目を見つめると
傍らから君の目を見つめると
夏の夕日のフィルタのせいで
伏せた睫毛の形をした藍色の陰が落ちていた
かなしいけど、きれいだな
そう思うけど、声にはならず
代わりに風鈴がリンと鳴った
きみとぼくとは、決して目が合うことはない
奇妙に香り立つ正方形の部屋の隅
きみは、写真の中のぼくばかり眺めている
正面から君の目を見つめると
待つのが少し、つらくなる
夜の帷を下ろすため、ぼくは煙の後を追う