#10 星空の下で
ぼくは今も、この瞬間も星空の下に立っている。
朝でも、昼でも、宇宙に包まれている。
タワーに登っていても、階段を降りていても、地球の上に立っている。
たのしくても、かなしくても、どうでも良くても、棄ててしまいたくても、信じていても、もがいていても、何をしていても、満天の星空の下で息をしている。
うつくしいものは、実はいつもすぐそばにある。
そのことに打ちひしがれてしまうなら、込み上げる眼球の結露を拭って、星空の中にいることではなく、星空の下に立っている意味を考えてみようと思った。
みんながみんな、答えが出ないことに安心したくなれば、少しは人間もうつくしくなるのかな。
築年数の経ったマンションのそれでも最上階、ベランダに立って、数百光年前の輝きに向けて手で作った望遠鏡を覗き込んだ。
目を眇めながら、ぼくは何だか、辞めた煙草が吸いたくなった。
#9 それでいい
休日の朝食にトーストを焼くため。
窓辺の暖まった猫の毛を撫でるため。
雨の音を聴きながら本を読むため。
ラベンダーの香りのするベッドに寝転ぶため。
冥王星に想いを馳せるため。
きつね色のカステラを頬張るため。
夏の夕暮れに温い湯船に浸かるため。
旅行先で買ったマグでコーヒーを飲むため。
クタクタの仕事を恨むため。
死んだロックスターを弔うため。
レイトショウでひとしきり泣くため。
君とおしゃべりをして笑うため。
生きている理由なんて、それでいい。
#8 1つだけ
――宝物など大して持っていないよ。……1つだけ。
「1つだけ」というテーマでまず思い出したのは、昔の自分が作った曲に、昔の自分が綴った歌詞の一節だ。(完全引用ではないが)
当時も、思い出しているまさにこの時も、その宝物が何であるかは明確にしていない。
だけど私は知っているのだ、自分に宝物は1つしかないことを。
敢えてそれを今、言葉に変換してみる。
恐らくそれは、時空を超える、五感に関わり、哀愁に似ている、愛情の形をピタリと模した、心で思い出す記憶かつ最新情報かつ予感だろう。他者と膜1枚分だけ隔てられた――逆に言えば、他者と自身が限りなく近い――場所にある、人間であれば皆お揃いの、それでいて唯一無二の“もの”だろう。
やはり宝物ともなれば、それのことを思い出すとじんわりとうれしい気持ちになる。すごいことだ。
忘れた頃という延長線上の未来にまた、この1つの宝物について反芻し、形容する日が有ればいいな。
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#7に対する補足:
“大切なもの”と“宝物”の差は、宝箱にしまっているか否かです。
#7 大切なもの
大切なものが無くなって、傷ついた。
嫌なことから全力疾走をして逃げ続けているうちに、落としてしまったのかもしれない。
大切なものが無いなんて、嘘でしょう。
自分でもそう思うけど、確かに平坦で起伏のない日常を護りたいけど、それでも。大切なものではない。
なんだろう、私が大事にしているもの、失いたくないものは、手を広げて包み込んだり、愛情を注いで育んだり、思い遣って撫で回したくなるものじゃない。
他人が手を伸ばした時に咄嗟に距離を置かせたり、刃を向けられたら気が触れたような悲鳴をあげるだけの、弱い信仰者がする行動をとってしまうようなもの。
辛くて、苦しい。
悲しくて、虚しい。
恥ずかしい。
私は私が恥ずかしい。
#6 エイプリルフール
呼吸をするように嘘を吐いて生きているくせに、
嘘を吐いてもいい4月1日を迎えても、
気の利いた嘘やウィットに富んだ嘘は出てこない。
もちろん、優しい嘘なんてものも。
私の嘘は身を守るための嘘。
私の嘘は見栄を張るための嘘。
私の嘘は虚勢を張るための嘘。
自分ばかりで気持ちが悪い。
くだらなくて、嗤えてくる。
人間らしくて潔いけれど、
こんなことを態々、開き直りたくなどない。
今日は1年に1度だけ、嘘について考える日。
そんな今日を忘れるな。
明日から、吐かなくていい嘘を減らす1年が始まる。