小砂音

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4/14/2023, 11:34:07 AM

#19 神様へ

明日が来ませんように。
神様にそう祈って、泣きながら眠った。
その所為か、夢に神様が出てきた。

でも驚いたのは、しくしくと神様も泣いていたことだった。

わたしは相手が神様であることを承知の上で、おずおずと背中から声を掛けた。
心配が半分、神様なんだからちゃんと仕事をしろという怒りの気持ちが半分、と言ったところだ。

神様は、悲鳴のような人々の祈りを一身に受け、己の無力さにとうとう耐え切れず、打ちひしがれて泣いているんだとわたしに言った。

この世を作ったのは神様でもないし、もちろん知恵の実を植えたのも神様じゃないらしい。
そう前置きをした上で、神様はただ、人間を見守るのが仕事なのだと言った。
そして神様の見守る仕事の、いわゆる給与に当たるものは、人々の優しい祈りだという。心が温まって元気が出て、メッチャイイらしい。

けれど神様の職に就いて約1万年程度――恐らく今のわたしの感覚で入社して3日目といったところか――で、もう辞めたくなったという。
悲しい祈りが多すぎて、受ける精神ダメージの割に合っていないというのだ。

そういえば、うろ覚えだけど「恋人に対する1度の失敗に対し、信頼を取り戻すには5回のプレゼントをしなければならない」と聞いたことがある。
それを思い出しながら、悲しい祈りに対して優しい祈りが5倍の量ないと、神様も参ってしまうのかなとわたしは思った。

神様は、今世の転生ガチャに失敗したと運命を呪い、傲慢に泣いていた。
そんなん知らんわと思ったし、わたしだって人間に生まれて嫌だしと思った。けれど、それでも。そんな神様の現代人みたいな愚痴を聞いて、わたしはすこし、親近感のようなものを抱いた。

わたしは偽善に限りなく近い正義感で、神様に、わたしにどうして欲しいか、できることはあるかと聞いた。
神様はぶっきらぼうに、自分に感謝の祈りを捧げてほしいと言った。
感謝の祈りはボーナスみたいなものなのかもしれない。
わたしは分かったと承諾して、神様と別れた。

馬鹿げた話だけれど、そんな夢を見て以降、わたしは神様を呪うことをしなくなった。

クソみたいな現実は変わらない。
自分を含め、アホみたいな人間は変わらない。
なのに、ただ何もせず怠惰に傍観しているらしい神様という存在に、なぜか感謝したくなっていた。

これも、神様の存在を信じる信仰なのだろうか。

わたしは朝、憂鬱な会社への出勤前に、心の中で祈りを捧げた。

神様へ、どうもありがとう。
優しくて弱くて愚かで可哀想な人間を、今日も変わらずに放っておいてくれて、どうもありがとう。

これが悲しい祈りなのか優しい祈りなのか、わたしには分からない。

4/14/2023, 4:57:30 AM

#18 快晴

同僚と1階に降りると、自動ドアを抜ける空気が快晴のそれだった。
同僚は本当にうれしそうな顔をして「すごくいい天気!」と褒め称え「こんな日はどこか旅行へ行きたいよね」とも言った。
わたしは笑みを浮かべて「本当だよね」と返した。

ピカピカに日差しを浴びた横断歩道。
往来する車も排気ガスを出しているなんて思えないほど、無害な乗り物のように輝いて通り過ぎていく。

7部袖のブラウスがちょうどいい、のびのびした日。
分かる。いい天気で旅行したくなる気持ちもとっても分かる。だけど。

わたしがどこかノスタルジックな気分になるのは、今にも雨が降り出しそうな曇天でもなく、しとしとと寂しげな雨の降る日でもなく――平日の、なぜかこんな過ごしやすい晴れ渡った日だ。

ふわりと、清々しいとしか表現できない風がわたしの後れ毛を揺らした。押し寄せる、どこか胸を締め付けるような感情。

その理由が分からないまま、わたしは快晴がちょっと落ち着かない気持ちを秘密にして、ランチに向かう。

4/13/2023, 7:47:30 AM

#17 遠くの空へ

涼しげにせせらぐ夏の川辺で、やわらかな明かりの灯った直方体を、押し出すように夜空へ送り出した。

彼は星になったわけではない。
空に帰ったわけでもない。
もうどこにもいないことは分かっているけど、この燈會は、そんなどこにもいないはずの彼に必ず届くと思った。
小さくなっていく橙を見つめながら、例年通り、確信した。

さあ、行ってくれ。
より高く、遠くの空へ。

4/11/2023, 10:41:02 AM

※先日の分との2本立てです

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#16 言葉にできない

言葉にできないことを言葉にして伝えるために、わたしは文章を書くことを練習するし、たくさん読むことを大切にしている。

言葉にできないことをありのまま「言葉にできない」と伝えることこそが素晴らしい場合も、もちろん多くある。

けれど、わたしはなるべく言葉にしたい。曖昧で複雑で矛盾を伴っている気持ちを、誤解や語弊と言った未熟故の犠牲を伴ったとしても、なるべく言葉で表現し、残すでも、伝えるでも、発信するでもしたいのだ。

これがわたしの人間としての心がけであり、わたしの突発的ではない、どこか永続的な、生きている限り続くであろう衝動だ。

獣の動物ではなく、社会の動物である人間として生まれた意味を考える。
そしてこれが人間として大事にしたいことだと、日々を通して、わたしは強く感じるのだ。

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#12 沈む夕日(2023/4/11/1:43:00)

「空木さんはなぜ地球学を?」
「きっかけは8歳の頃に見た“沈む夕日“ですね」
「沈む夕日って……あの?」

インタビュアーは少し驚いた顔をした。
世界的科学賞を受賞した研究者の勉強のきっかけが、あまりに世俗的だったからだろう。

「はい。ぼくはあのデータ化石発見のニュースで、太陽が沈んでいる様子というのを初めて見たのですが、感動しました。実に映えていたのはもちろんのこと、地球から見た宇宙――空と呼ばれたものが、太陽によってこんなにも美しい色に染まるのだなと。これが、ぼくが地球に興味を持つきっかけとなった出来事です」
「なるほど。付けられていた“沈む夕日“というタイトルもいいですよね」
「そうですね。ぼくらにとって太陽は自転しているだけのものですが、地球人にとっては昇って沈むというのが当たり前だったことを、ありありと表している表題ですね」

ぼくは思い出を語るかのように続けた。

「このharuka*324というアカウントの、インスタグラムという当時流行していたネットワーキングサービスのデータ化石発見のお陰で、当時『イマソラ』というハッシュタグが広く利用されていたことも分かりました。これは地球学が躍進を遂げる大きな一歩となりました」
「添えられていた失恋のポエムも若者の共感を呼んで、映画化もされましたよね」
「そうですね。ぼくも中学生になってからですが、観ました。いやあ、泣きました」

ぼくが照れ臭い笑顔を浮かべたそんなタイミングで、インタビュアーは今日のメインとなる、ぼくの地球学研究の論文についてへと話の軌道を変えた。

さすがだなと気を引き締めつつも、ぼくはもう少し“沈む夕日”について話したかったなと残念な気持ちになった。

その物足りなさの所為だろう。
片手間のようにインタビューに答えながら、ぼくの脳はやり取りの間じゅう、久しぶりに思い出した“沈む夕日”へ想いを馳せることに使われていた。

インタビュアーの背後に広がった大きなガラス窓に映る、仄暗い宇宙空間。地球があったとされる宇宙座標の方に、自然と目が向いた。

ぼくは地球学を学べば学ぶほど、自分の先祖が羨ましくてたまらなくなる。そして同時に思う。なぜ、あんなにも美しい地球を、星の寿命が来るよりも遥か前に、あっという間に壊してしまったのだろう。

「ぼくは地球に生まれ、育ち、沈む夕日をこの目で見たかった」

そうぼくは口に出していたようで、インタビュアーに怪訝な顔をされ、取材は一時中断する事態となった。

4/10/2023, 3:07:11 PM

#15 春爛漫

ぼくの春爛漫は、少し早い。
河津桜が咲く頃だからだ。

息子と一緒に、少し遠い散歩に出向く。
川沿い近くまで車で連れて行ってもらい、
降りて、そこから小さな距離を歩いた。

来年、ここに来れるかどうかは分からない。

「――さん、ありがとう」

ぼくの人生には、愛されなかったこと、
お金がなかったこと、死のうと思ったこと、
とても不幸な記憶や思い出がたくさんある。

けれど君と出会い、息子を迎え、
幸せだったし、これからも幸せであると誓おう。

たくさん喧嘩もしたし、別れようともした。
子どもをもらうことでもとてつもない葛藤があった。
差別や好奇の目は、いつもすぐ隣に住んでいて、
隙あらば攻撃しようと、虎視眈々と目を光らせていた。

だけど、ぼくの人生は尚も続く幸せの中にある。
よくある恋愛が、よくあるのに難しい愛が、
こんなにも育ったことがあまりにも幸せだ。

「また来るよ」

魂はどうだか知らないが、
二月に咲く桜の木の下にきみの骨はある。
ぼくも近々、その暖かな土に包まれに行くと思う。

息子には秘密だが、その日が楽しみだなあと
春爛漫の中、ぼくの言のひとひらはふわりと散った。

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