ずっと隣で、
君と同じ景色を
見ていてもいいかな。
題 ずっと隣で
「もっと知りたい。」
「そりゃ、どういう意味?」
「そのままだよ。」
「そのままって、何を知りたいの。」
「君のこと。」
「便利な言葉だね、それ。」
「そう?」
「だって、“知りたい”って言うけど、
別に具体的に何か聞きたいわけじゃないでしょ。」
「……どうかな。」
「本当に知りたいなら、
人はちゃんと質問するよ。
好きな食べ物とか、どこで育ったとか、そういうやつ。」
「そういうのとは、ちょっと違う。」
「でしょ。
“もっと知りたい”って、たぶん言葉の意味をしてない。」
「じゃあ、何してる言葉?」
「波を立ててるだけ。」
「波?」
「そう。
水面に小石を落とすみたいに。」
「君が揺れるかどうか、見てる?」
「そんなところ。」
「そうかもね。」
「ずるいな。答えなくてもいい質問ってことだろ、それ。」
「うん。」
「……でもさ。」
「なに?」
「それって本当は僕を好きって意味じゃないの?」
「……」
「違うの?」
「そうやって、曖昧な事にすぐ名前をつけるの好きだね。」
「だって分かりやすいだろ。」
「分かりやすくしたいだけじゃない?」
「何が。」
「怖いから。」
「……怖い?」
「“好き”って言葉を入れてしまえば、
それ以上考えなくて済むでしょ。」
「じゃあ違うの。」
「違うとも言い切れない。」
「ずるいな。」
「そう?」
「じゃあ、どういう意味なんだよ。」
「さっき言ったじゃない。」
「波の話?」
「うん。」
「僕を揺らしてるって?」
「違うよ。」
「違う?」
「私が揺れるかどうか、見てるの。」
「……」
「もし揺れたらね。」
「うん。」
「そのときは、たぶん——」
「たぶん?」
「見えないふり、できなくなるから。」
「何を。」
「君のこと。」
題 もっと知りたい
平穏が崩れた記憶の象徴のようなこの日に、
「平穏な日常」を書こうとしている。
時間が静かに差し出してくる、
ひとつの問いのようだ。
湯気の立つ食卓があること。
帰る場所があること。
名前を呼べる相手がいること。
明日の予定を疑わずにいられること。
きっと——
静かに生きていること自体が、
平穏な日常なのだろう。
あまりにも重くて、
今日のテーマに置く言葉が見つからない。
……それでも。
私なりに、平穏な日常を営むために
最低限、持ち続けてきた言葉がある。
「世界を信用しきれないままでも、
生活だけは裏切らないようにしていく強さを持つこと。」
けれど、これは私の話。
あなたの心は、あなたのもの。
大丈夫。そのままでいい。
強さを持とうとしなくても
日常は静かに回り続けるはず。
うまく言えないけれど、
それぞれの平穏があってほしい。
題 平穏な日常
揉め事も摩擦も、
生き物が触れ合う限り、きっと消えない。
痛みは境界線を教え、
衝突は輪郭を浮かび上がらせる。
だから、軋みそのものを
悪だとは思わない。
けれど、
誰かを削るためだけの刺激や、
虚しさしか残さない衝動は、
静かに途絶えてしまえばいいのにと思う。
守りたいものがあるからだ。
傷つけたくない温度があるからだ。
愛はきっと、
すべてを許す力じゃない。
大切なものを選び取り、
無意味な痛みを遠ざけようとする
静かな偏りのことだ。
その偏りが社会に広がったとき、
争いは消えなくても、
荒廃は減っていく。
私は、そんな在り方を
天下泰平と呼びたい。
題 愛と平和
卒業証書の白い縁の内側、
厚みのある一枚。
折れないように丸めた時間。
筒の中で守られた、紙の重さ。
校舎の影に隠れて、
背伸びする下級生の列。
制服の袖がまだ長い。
窓枠の中にある渡り廊下。
光の帯を踏んで走る誰か。
顔は逆光でわからない。
風に押されて揺れるカーテン。
隙間に挟まった、遠い街路樹の緑。
わけもなく眺め続けた景色。
きっちり揃えきらない机。
落とし物の、誰かの消しゴム。
教科書の影に隠した口元。
肩だけ震えている。
妙に癖の強い黒板の文字。
力の入りすぎた書き出しだけが濃く、
息継ぎみたいに線がかすれている。
心の中に切り取られた光景は、
しまい忘れた光みたいに
ずっと、ずっと、残っている。
題 過ぎ去った日々