クリスマスだからと
何かをしようとしたのは
母だけだった
まな板の上では
手際よい音が鳴り
フライパンの底で
バターが音もなく
崩れてゆく
白く泡立つ前に
粉が振り落とされ
一気には混ぜない
牛乳を注ぐたび
台所の空気が
少しだけ甘くなる
量は量らない
でも失敗しない
あめ色の玉ねぎと
チーズの溶けた中に
気づけばあった あたたかさ
題 遠い日のぬくもり
窓の向こうは白く霞む
明かりが揺れて
テーブルの上に
繭のような橙を落とし
焼き菓子の香りが
時間をゆるめる
子どもたちの声が
空気の中でそっと弾み
希望は
大きな言葉になる前のかたちで
この部屋に在る
静かなあたたかさが
満ちる夜
題 揺れるキャンドル
こちらにも属しきれず
あちらにも閉じきれず
外に出ることも
中心に踏み込むことも、しないまま
ずっと、縁を保っている
世界の中にいる
けれど、世界そのものにはならない
感情を持つ
でも、感情に溺れない
兆しを見る
でも、その眩しさを信じすぎない
この、常に少し脇にいるという
自分を壊さずに在るために
獲得した位置
そこにある細い光は
誰かを照らすためのものではなく
ただ、
感謝と謝罪を
深く理解するために
内に持ち続けている
題 光の回廊
…軋んで、壊れそうだ
碧く熾り続ける灰が、
保てる臨界点を超えて、
尚も、降り続いてしまう
その引力は、強すぎて
下手に、言葉をかけられない
言葉をかけた瞬間、
僕も君も、逃れられずに
引きずり込まれてしまうのが、
わかっているから
想いは深く、
胸へと、自然に落ちる
でも、口に出せば、
その境界は、溶けてしまう
だから、黙っていることが、
唯一の祈りであり、
抵抗なのだ
黙っているうちに、
何か大切なものが、
埋もれてしまわないか、
案じてしまう
題 降り積もる想い
生を共にしようという申し出は
未来を結ぶようでいて
本当は
それまでの時間を
どう扱ってきたかが
滲み出る瞬間だ
噛み合わないまま
差し出された結び目
気持ちは
置き去りにされた
それでも
時間は角を落とし
その結び目を
ほどかず
裁かず
抱えたままにした
円満は
時間を丸く整えようとする
円滑は
今を滞らせずに流す
ふたりは
円満でなくていい
円滑であればいい
その流れの中に
温かみは
あとから
生まれる
題 時を結ぶリボン