ウサギは、孤立すると動かなくなり、食べ物に手を付けなくなる。毛をむしり、最悪の場合はストレスで死んでしまう。
カナリアは、仲間と離されると鳴き声が増え、羽毛をむしり自傷行動を起こす。
グッピーやベタは、群れから孤立させると泳ぐ速度が落ち、隠れる時間が増える。
アリは、コロニーから離れると探索行動が増え、死亡率が上がる。
それを感じられるのは人間の特権ではない。
実際には、世界のあらゆるものが微かに震えながら、互いを探しているんだ。
それは、つながりたいというエネルギーの裏側に生まれる。
光があれば影ができるように、生きているという現象そのものに付随していて、死ぬ迄つきまとい、満たしても消えない。
人は寂しくて優しさが芽生える。
題 寂しくて
逆らっているわけじゃない。
ただ、自分の輪郭を確かめているんだ。
どこまで自由に動けるのか。
どこまで受けとめてくれるのか。
反抗期というよりも、
いやいや期のような――そんな気持ち。
それは、遮断ではなく、
自分と世界のあいだに線を引いてみて、触れて、確かめて、また描き直すこと。
それが、大人になりきらない心の描く境界線。
題 心の境界線
それは、目で見るよりも気配で感じるものだった。
木漏れ陽の中に溶けかけ、ほとんど色を持たず、
指先で触れれば、雪のように溶けてしまいそうなほど、
儚く透き通っている。
角度を変えるたび、淡い葉脈のような繊維がかすかに浮かび上がり、光を受けて揺れることで、初めてそれが羽根なのだとわかった。
風すら音を失う森の中で、木々の間から落ちてきたそれは、樹木の香りと光のあわいに溶け込んで、
静けさそのものを纏っていた。
題 透明な羽根
「触ってはいけない」と教えてきた火に、
いつのまにか自分の手で命を吹き込めるようになった瞬間。
それは、ただの技術の習得じゃなくて、
もっと古来からの命が継がれた感覚がした。
あの日、息子の手の中で灯ったのは、
焚き火の火そのものよりも、
「自分で火を起こせた」という喜びだったと思う。
ひとつの火を囲み眺めること、
それは太古から人々が重ねてきた祈りのかたち。
私たちに護られてきたその手が、
自らを守る側に変わり、
やがて何かを護る手へと成長していく。
胸の奥が熱くなり、そっと目を細めた。
あの日、あの小さな輪で灯火を囲む夜に。
題 灯火を囲んで
押し入れの奥で眠る、たたまれぬ布
広げられてほぐれ、そっと冬を迎える
洗い立ての冬服が、やわらかく空気を満たす
乱雑に放り込まれた手触りは
寒さに寄り添うやさしさへと変わり
ふわり、ふんわり
あたたかな息吹がそっと漂う
題 冬支度