「未来図」
未来。みらい。
想像するだけで恐ろしくなる。
今をなんとかやり過ごすだけでやっとだというのに、これから起こることについて考えるともなれば、さぞかし苦しくなるだろう。
僕が今いちばんに望むことは、僕という一人間の存在を、この世から跡形もなく消し去ることだけだ。
誰からも忘れ去られ、まもなく塵と化す。
どれだけ身軽だろうか。
どれだけ楽、だろうか。
でも。
僕は今こうしてことばを遺そうとしている。
願いに反して、なぜか、こんなことをしている。
どうしてこんなことを?
なぜ僕は、誰かの見る場所で、ことばを綴る?
気まぐれかもしれない。
それとも自己満足だろうか。
でも、僕は、僕はどこかで生きることを願っている。
死という全てを飲み込む、甘い優しさに身を任せずに。
生きようとしている。
理由はわからない。
未来を見なければ、わからない。
わからないままだけれど、せめて。
笑っていられるような場所にいられたらいいな。
「風景」「ひとひら」(4/12、13)
川のある風景。
君の手には丸くて平べったい小石がひとひら。
うまく投げれば水面を飛びそうだ。
花のある風景。
君の髪に桜の花びらがひとひら。
春は君を彩る季節みたいだ。
海のある風景。
君の足元に白い貝殻がひとひら。
海は君を静かに呼んでいる。
全てをなくした風景。
君の手に壊れた世界の欠片をひとひら。
世界が遺した形見を、君はじっと見つめていた。
君だけがいる風景。
小さな君のてのひら。
かつて見た花のようだ。
この世界には、君さえいればいい。
たとえ壊れても、何度だって作り直せばいいだけだから。
だから。
君はずっと、そばにいてね。
「君と僕」
君と僕はずーっと一緒。
太陽と月。白と黒。
正反対だけど、いや、だからこそ一緒にいるんだ。
あたたかい君と一緒にいられるのなら。
僕はどこへだって行ける。
そんな気がする。
「元気かな」
「こんにちわー!ボクだよ!みんな、げんきー?ボクはげんきー!」「きょうはねー、おりがみであしょぶねー!」
おちびがお菓子の箱に向かって何か話してる。
「……何してるの?」「んー?いまねー、いんふるえんしゃ?ごっこ!」「いんふるえんしゃ……?あぁ、インフルエンサーか。」「ん!」「ニンゲンしゃんもいっちょにしゅる?」
インフルエンサーなぁ……。一体どこでそんなこと覚えたんだか。自分ですら全然知らないのに。
「じゃあ、視聴者の役でもしようかな。」「んー!」
「えーと……何作るの?」「ニンゲンしゃん、こんにちわー!おりがみでねー、おはなをちゅくるの!」「へー、楽しみだー。」
小さな手で折り紙を折っていく。小さい子どもらしく不器用だ。もどかしくも愛らしい。
折り紙……最後に触ったのはいつだっただろう。
誰とでも仲良くなれたような、そんな年齢の頃だっただろうか。
あの時の友だちは、元気かな。
……顔すらまともに思い出せない彼らのことを、ふと考えてしまった。
「ニンゲンしゃん?」「ん?」「どちたの?」「なんでもないよ。」「しょーなの。へー。」「ね!おはな、できたよー!」
「上手だね。」「あげるー!」
「ちゅぎはなにがいいー?」「鶴とか折れる?」「ちゅるー?むじゅかちいの!おちえてー!」「はいはい。」「まずはこうやって……。」
……懐かしい。こんな気持ちになるのも、悪くない、かも。
「フラワー」「遠い約束」(4/7、4/8)
まとめて2日分です!わぁ:(_;´꒳`;):_
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「フラワー」
「ニンゲンしゃん!はる だねー!」「うん、ずいぶんあったかくなったね。」「いぱーいおはな、きれいなのー!」
ほんの一週間前と比べても、桜やチューリップなんかがたくさん咲いて、街が春らしく彩られてる。毎年のことだけど、春って悪くないな。
「ね、ね、ニンゲンしゃん。」「ん?」「ふらわ?ってなに?」「フラワー?「花」を意味する外国の言葉だよ。」「ふーん。」「急にどうしたの?」「てれびでみたー!」「へー。」
「ボク、おはなみにいきたい!」「また今度ね。今日は今から買い物だ。」「むー!こんど て いちゅなのー?!」「明日にでも行こうか。」「わかったー!きょうはおかいもの、ね!」
小さな機械を連れて買い物に出る。少しひんやりした春風が心地いい。
「きょうは、なに かうのー?」「朝ごはん用の食パンと、なくなりかけの醤油と、それから……。」「ほちょけーきみっくちゅも かお!」「え?いいよ。」「やたー!」
スーパーに着いた。夕方だから、結構ひとがたくさんいる。
おちび、迷子になるなよー?
「ぱん、あるよー!」「お、10%offだ。ラッキー。」「あとは……「ほちょけーきみっくちゅ!」「かう!ねー!」「はいはい。」ホットケーキミックスはここにはない。探さないと。
……さて、この辺かー?
「ねねー!ニンゲンしゃん!」「なになに?」「これ!ふらわー て、かいてあるのー!」「本当だね。」「これほかほかにちたら、おはないぱーいになる?」「?」
「ふらわーのこなこな、あったかくちたら、おはないぱーいさくのー?」「いや、ならないよ……。」「えー!なんでー!」
「フラワーはフラワーでも、これは小麦粉。パンや麺類、お菓子の材料になるものだからね。」「へー!」
「お花は種か球根を植えたらきっと咲くよ。」「たね、ほちい!」「また今度、ホームセンターに行ってみようか。」「んー!」
嬉しそうに笑いながら、自分の少し前を歩く無邪気な機械の背中を見つめて、なんだか自分まで楽しくなってきた気がした。
……なんの花の種を買おうかな。
なんてことを考えつつ、自分たちは家に帰った。
楽しみが増えるっていうのはいいことだ。と思ったと同時に、醤油を買い忘れたことも思い出した。面倒事もひとつ増えたな。
「ニンゲンしゃん、ほちょけーきもちゅくってねー?」
「ホットケーキは、明日の朝ごはんにしようね。」「ん!」
さてと、そろそろ晩ごはんの時間か。
「おちび、ごはん作るから待っててね。」「おてちゅだいちたい!」「ありがとう。それじゃ……。」
今日もなんの変哲もない、ふつうの時間が過ぎていく。
明日もきっと、そうだといいな。
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「遠い約束」
僕は凡才。
君は天才。
僕よりもずっと後から始めたのに、君は僕をあっという間に追い抜いて行った。連なる高山も、広がる海も、君は軽々と飛び越えていく。僕は小さな水たまりすら飛び越えられない。
はじめて会ったときに交わした、一緒にてっぺんにいこうという約束も、今や遠くへと飛ばされて、どこかへと行ってしまった。
太陽のように輝く舞台上の君を、僕は冷たい海底のような客席から見上げる。
目が合った。
明るく微笑んでみせる君。
作り笑いを浮かべる僕。
その時から、僕の心は劣等感で泥泥に固まってしまった。
どれだけ努力したとしても、月は太陽になれない。
どれだけ背伸びをしたとしても、野草は大輪の花を咲かせない。
結局、持って生まれたものがすべてなんだ。
そうして、君との約束を果たすこともなく、僕は舞台から降りた。