「愛情」
「ニンゲンしゃん!」「だいしゅきだよー!」
この小さな機械は自分に向かってよくこう言う。
嬉しいと同時に、なんで出会ってそう長くない誰かをそんなふうに思えるのか不思議でたまらなかった。
だからつい、聞いてしまった。
「なんで好きなんだ?」
「だってねー、だっこちてくれるからー!」
「それだけ?」「んーん。」
「えとねー、ごはんたべたりねー、おちゃべりちたりねー、いぱーいたのちいから!かわいいて褒めてくれるから!」
「もし、抱っこもせず、楽しいこともしなかったら?可愛いって褒めなかったらどう?それでも好き?」
「だいしゅきだよ?なでしょなことゆーの?」
「……ごめん。ちょっと気になっただけだよ。」「んー。」
「ね、ニンゲンしゃん!ニンゲンしゃんはボクのこと、しゅき?」「……うん、好きだよ。」「だいしゅきていってよー!」「大好きだよ。」「やたー!」
……好きってなんなんだろうな。いまだにわからない。
勝手に期待するだけして、勝手に失望したら嫌いになる。
それをただ繰り返すだけなのに。
「ニンゲンしゃんがいぢわるでもねー、ボク、ニンゲンしゃんだいしゅきだよ?」「……なんで?」「だってねー、⬛︎⬛︎ちゃんのおともだちだから!」「だいじなこの、おともだちだからー!」
……そうか。この子は目一杯愛情を注がれて、大好きな家族がそばにいて、猜疑心を持つ必要もなく暮らしてきたんだ。これ以上ないくらいに純粋なこどもだから、自分のことを好きだと言った。
可愛い。羨ましい。自分だってこんな風になりたかった。
なんで自分はこんなこと考えてるんだ。
ただ今すべきなのはこの子の気持ちを純粋に受け止めること。
それだけなのに。
「変な奴に騙されちゃ駄目だぞ?」「んー?……ん!」
「ニンゲンしゃ、おなやみ?」「え、いや……?」
「しょーなの?よかったー。」「ぎゅー。」「??」
「むずかちいおかおだったからぎゅーちたの!」
「よしよし。ありがとう。お兄ちゃんはかわいいな。」
「かわい?やたー!」「ニンゲンしゃんもかわいーよ!」
「もいっかい!あいじょーいぱーいのぎゅー!」
あったかい。かわいい。……なんだか心が満たされていく。
「じゃー、いっちょにおひるねちようねー!」「はいはい。」
こんな日がいつまでも続けばいい。
そう思って、自分と小さな機械はひとときの眠りについた。
「微熱」
久しぶりに風邪を引いた。
あたまがいたい。からだがいたい。
あついのかさむいのか、それすらもわからない。
微熱に酔っ払ったみたいに踊ってみる。
せかいがぐるぐるまわる。
家具まで踊り出す。
微熱に酔っ払ったみたいに歌ってみる。
わたしのうたごえがわんわんひびく。
つられてピアノも歌い出す。
微熱に酔っ払ったみたいに笑ってみる。
わたしのわらいごえがくうきをつきぬける。
空気が赤くなった気がする。
微熱に酔っ払ったみたいに泣いてもみる。
わたしのなみだがおはなにふりそそぐ。
花が涙色に染まる。
微熱に酔っ払ったみたいにベッドに寝転がる。
あつくてけりあげたふとんがすなになる。
部屋が砂漠になる。
微熱は私を酔わせて弱らせて。
風邪の原因よ。
あなたはだれなの?
どうしてわたしをよわせるの?
どうしてわたしをよわらせるの?
酔って弱って、たのしいたのしい。
意味もなくまた笑う。
からから、笑い声が空虚に響く。
部屋は静かになった。
ああ、怖い怖い。
わたしはこのまましんでしまうのかしら。
ちゃんとてんごくへいけるのかしら。
私は生きたいのかしら。
それとも逝きたいのかしら。
だんだんへやとわたしのさかいめがぼやぼやしていく。
なのにまぶたもカーテンもとじない。
まるであめざいくでかためられているかのように。
ああ、すきまかぜがきもちいい。
つめたいみずがほしい。
ぎゅっとだきしめられたい。
風邪を引いた私を、愛してほしい。
どうかおねがい。
愛して。
「太陽の下で」
外は寒いが陽の光はあたたかい。
こんな時には洗濯物が比較的よく乾く。
今日は悪い日じゃないか───「おしゅわり。」「……?」
「なに?」「おひじゃ、かちて?」「ニャー」
なんか小さいのがやってきた。どうやら膝に座りたいらしい。
「ひなたぼっこ!いいでちょ〜?」
嬉しそうに膝の上に座ってくる。ついでに子猫もじゃれついてきた。「ねね、ニンゲンしゃん!」「おひしゃま、あったかいね!」「そうだな。よく晴れてていいな。」「んー!」
部屋の中とはいえ、太陽の下で、ふわふわで小さな子どもと子猫と一緒に日向ぼっこ……。知らないうちに眠くなってきた。
ふかふかのカーペットに、もちもちふわふわで温かい子ども、そして知らないうちに丸まっていた子猫。柔らかいもの達に囲まれているせいか、もう眠ってしまいそうだ。
小さなこの子の頭を危うく枕がわりにしそうになってハッと目が覚める。顔を覗き込む。眠っているようだ。
こういう他愛もない時間が、しあわせと呼ばれるものなのかもしれない。そんなことを思っているうちに、足が痺れてきてしまった。でも動けない。どうしたものか……。
「随分とおくつろぎのようだねえ。」
小声で眠る子どもの弟が話しかけてきた。
まあ、そうなんだけど、足が痺れてるのに動けないというか。
ちょっと場所変わってくれよ。
「いいけど、キミはもう日向ぼっこをしなくていいのかい?」
まあ、もう満足したからいいよ。
「そんなこと言わずに!ボクの隣に座ればいいじゃないか!」
「ほら、ここ!冬が近づいて日が低くなってきたから広く長く日向ぼっこが楽しめるのさ!」なるほど。
「今日はいつもより、ちょっとのんびり過ごそうよ!」
その言葉を聞いてから少し経った頃には、もう全員眠ってしまっていた。
こんな日も悪くないな、なんて。
「セーター」
相変わらず今日も寒いな。これだけ着込んでるのにまだ冷えるから、本格的に冬が来た時にはどうなるやら不安だ。
とりあえず、今日はセーターでも着ておこうか。
「だっこ……ん。へへー。」
珍しいこともあるもんだ。だいたいこのおちびの方が早起きなのに、寒いせいかまだ寝てる。
楽しそうな夢を見てる途中みたいだから、起こしたらかわいそうかもな。ただこの子をひとりにするわけにもいかない。
参ったな……。
困りつつも小さな子どもの顔を見つめた。
ふわふわの髪の毛。長い睫毛。マシュマロみたいなほっぺた。
どこをとっても可愛い。
あ、布団が落ちそうだ。
自分は布団を掛け直して、寝息をたてるこの子の様子を伺う。
「んー……。」ゆっくりと目を開ける。
「おはよう。起こしちゃったか?」
「おはよ!きょー、ニンゲンしゃんのほが、はやおきなのー。」
「うん、珍しくね。」「えへへ!」
「あ!ニンゲンしゃん!そのおよふく、かわいい!ボクもきるー!」「セーター、欲しい?」「せーたー?ていうの?ボクもきたいのー!」「よし、探そうか。」
「でもその前に、朝ごはんだな。」「んー!」
「おや、ニンゲンくん、⬜︎⬜︎!おはよう!……どうしてボクがいるのかって顔だね?実はボク、真夜中に帰ってきたのさ!キミ達を起こさなかったみたいで良かったよ。」
「そろそろ起きてくる頃かと思って朝ごはんの準備をしていたのだが、ちょうどよかったみたいだね!」「⬛︎⬛︎ちゃ、ありがとー!」「よしよし、かわいいねー。」「んー!」
「……にしても、ニンゲンくんと⬜︎⬜︎、仲良しになったねぇ!感慨深いよ!」「ん!ニンゲンしゃんはねー、とってもだいじなこなのー!」「だってさー!」「よしよし。」「ん!」
「あれー、ねこちゃ、いない?」「あぁ、あの子は一旦しまったよ?なにせボク本体がここに戻ってきたんだから、小型偵察機は必要ないかと思って──「ねこちゃ、だっこちたい!」
「あー、わかったわかった!ちょっと待ってて!その間に朝ごはんを食べておいてよ!」「んー!」
「子猫、好きなんだな。」「ん!かわいいもん!」
「ニャー」「あれ、帰ってきた。随分早いな。」
「ねこちゃ、おかえり!」「ニャー!」
この子も猫も、ふわふわで柔らかいところが似てる気がする。
よしよし、よく食べてえらいぞー。
不思議そうな顔で頭を撫でられている。
「そうだ、どんなセーターがいい?」
「ニンゲンしゃんとおしょろいがいーの!」
「まぁ、よくあるデザインだから、きっと見つかると思うよ。」
「やたー!」「あとねー、⬛︎⬛︎ちゃんのも!おしょろいみんなで、ちよー!」「探してみるよ。」「わー!」
嬉しそうにはしゃいで、子供らしくてかわいいな。
「それじゃ、行ってくるよ。」「ボクは、だめー?」
「猫ちゃんとお留守番しててくれないか?小さいの置いてくの、心配なんだ。」「んー……。」
本当はおちびの方が心配なんだ。
自分のせいで事故に遭わないかとか、風邪ひかないかとか。
ごめんな。
「わかたのー。」しょんぼりした顔も可愛い。
「ありがとう。じゃ、行ってきます。」
「いってらちゃーい!」「ニャー!」
一方その頃───
「あれ!!!小型偵察機が!!!いない!!!」
「もう!!!どこに行ったんだい?!!返事をしたまえ!!!」
「前回までのあらすじ」───────────────
ボクこと公認宇宙管理士:コードネーム「マッドサイエンティスト」はある日、自分の管轄下の宇宙が不自然に縮小している事を発見したので、急遽助手であるニンゲンくんの協力を得て原因を探り始めた!お菓子を食べたりお花を見たりしながら、楽しく研究していたワケだ!
調査の結果、本来であればアーカイブとして専用の部署内に格納されているはずの旧型宇宙管理士が、その身に宇宙を吸収していることが判明した!聞けば、宇宙管理に便利だと思って作った特殊空間内に何故かいた、構造色の髪を持つ少年に会いたくて宇宙ごと自分のものにしたくてそんな事をしたというじゃないか!
それを受けて、直感的に少年を保護・隔離した上で旧型管理士を「眠らせる」ことにした!
……と、一旦この事件が落ち着いたから、ボクはアーカイブを管理する部署に行って状況を確認することにした!そうしたらなんと!ボクが旧型管理士を盗み出したことになっていることが発覚したうえ、アーカイブ化されたボクのきょうだいまでいなくなっていることがわかった!そんなある日、ボクのきょうだいが発見されたと事件を捜査している部署から連絡が入った!ボクらはその場所へと向かうが、なんとそこが旧型管理士の作ったあの空間の内部であることがわかって驚きを隠せない!
……ひとまずなんとか兄を落ち着かせたが、色々と大ダメージを喰らったよ!ボクの右腕は吹き飛んだし、ニンゲンくんにも怪我を負わせてしまった!きょうだいについても、「倫理」を忘れてしまうくらいのデータ削除に苦しめられていたことがわかった。
その時、ニンゲンくんにはボクが生命体ではなく機械であることを正直に話したんだ。「機械だから」って気味悪がられたけれど、ボクがキミを……キミ達宇宙を大切に思っているのは本当だよ?
それからボクは弁護人として、裁判で兄と旧型管理士の命を守ることができた。だが、きょうだいが公認宇宙管理士の資格を再取得できるようになるまであと50年。その間の兄の居場所は宇宙管理機構にはない。だから、ニンゲンくんに、もう一度一緒に暮らそうと伝えた。そして、優しいキミに受け入れてもらえた。
小さな兄を迎えて、改めて日常を送ることになったボク達。しばらくのほほんと暮らしていたが、そんなある日、きょうだいが何やら気になることを言い出したよ?なんでも、父の声を聞いて目覚めたらしい。だが父は10,000年前には亡くなっているから名前を呼ぶはずなどない。一体何が起こっているんだ……?
もしかしたら専用の特殊空間に閉じ込めた構造色の髪の少年なら何かわかるかと思ったが、彼自身もかなり不思議なところがあるものだから真相は不明!
というわけで、ボクはどうにかこうにか兄が目を覚ました原因を知りに彼岸管理部へと「ご案内〜⭐︎」され、彼岸へと進む。
そしてついにボク達の父なる元公認宇宙管理士と再会できたんだ!
……やっぱり家族みんなが揃うと、すごく幸せだね。
そして、構造色の少年の名前と正体が分かったよ。なんと彼は、父が考えた「理想の宇宙管理士」の概念だった。概念を作った本人が亡くなったことと、ボク以外の生きた存在に知られていないことで、彼の性質が不安定だった原因も分かった。
ボクが概念を立派なものに書き換えることで、おそらく彼は長生きするだろうということだ。というわけで、ボクも立派に成長を続けるぞ!
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「落ちていく」
ありがとう。待っていてくれて。
ありがとう。たくさん甘えてくれて。
ごめんね。寂しい思いをさせて。
沢山の失敗。幾多の犠牲。犯した罪。
そして、突然迎えた死。
このまま落ちていくだけ。
いや、もう落ちるところまで落ちただろうか。
そう思っていたけれど。
君達がまだ待っていてくれているんだ。
それに、まだすべきことが私にも残されていると分かった。
できることが、まだあるんだ。
だから。
ここから必ず、君達の元へ行くよ。
どれだけ辛くても、君達の、誰かのために。