「君と最後に会った日」
同じ日に生まれて、同じひとに育てられて、ずーっと一緒にいたボクの双子の片割れ。
ボクは全部覚えているよ。
深い赤にも紫にも見える不思議な色の髪も、
ごはんを食べる時のまんまるなほっぺたも、
小さな手のぬくもりも。
キミが不慮の事故でウイルスに感染して、苦しみながら思い出を忘れていくところも、キミのために何もできなかったボクらのことも、隔離されてひとりぼっちになったキミの悲しそうな顔も。
もちろん、キミと最後に会った日のことも覚えている。
ある日突然、キミの機能を全て凍結させることが知らされた。
これからはアーカイブとして、ただの事故の記録としてしか、キミは存在できないって、そう言われたんだ。
キミには明日からもう二度と会えないとわかったから、ボクと博士は最後に面会を申し込んだ。
これがキミと最後に会った日のこと。
何にも訳の分からないままボクらの方を嬉しそうに見つめるキミを、無邪気にボクの名前を、博士を呼ぶキミを見て、いてもたってもいられなくなった。
幼いボクは、なんとかしようと思って偉いひと達に話しかけたよ。「なんで⬛︎⬛︎は閉じ込められなきゃいけないの?⬛︎⬛︎の病気、きっと治せるでしょ?」って。
そしたら彼らはあんなことを言った。
「第293999号も資料として研究の役に立てたら本望だろう。」
あぁ、そうか。このひとたちにとってボクらは代わりのきく道具でしかないんだって、その時やっと思い知ったよ。
博士はとても怒っていたけれど、所詮機械は機械なんだ。
キミとまた会うために、自分が機械である事から逃れるために、ボクは絶え間なく仕事と研究を繰り返した。
……皮肉な事に、ボクは彼らにとってさらに都合の良い機械になってしまったわけだが。
まあそれはいい。
アーカイブ管理室からいなくなったキミの事を考えていると、突然連絡が入った。
どうやらボクの片割れが見つかったらしい。
ボクのすべきことはキミを無事に保護して、そして───。
また一緒に笑って暮らすことだ。
ボクは急いで、その場所へと向かった。
「繊細な花」
レースのカーテンのような
その間の柔らかな光のような
柔らかな光を浴びる繊細な花のような
あなたは美しい、儚いひとだった
朝日にきらめく銀のさざなみのような
さざなみに照らされる木陰のような
木陰に隠れるすみれのような
そんな美しい瞳で見つめられる時間は
とてもとても、幸せなものだった
隠されたセノーテのような
ガラス細工のような
雨に濡れたサンカヨウのような
透き通った髪も肌も、とても美しかった
誰かが悲しんでいるときには
優しい子守唄のような
懐かしいひだまりのような
たんぽぽの綿毛のような
ひとに寄り添った言葉を紡いで
誰かを愛するときには
夏の日の花火のような
真夜中の灯台のような
真紅の薔薇のような
そんなまっすぐな歌を歌った
桜の花びらのような指先も
牡丹のような笑顔も
鈴蘭のような声も
すべてが、すべてが愛しかった
でも、あなたは今、どこにもいない
赤いスイートピーのように
まるではじめからいなかったかのように
どこにもいない。
それでも世界は歩みを止めない
季節外れの沈丁花のような
私の心を置いてけぼりにして進んでいく
私も進まなくては
あの繊細な花のように
「1年後」
ニンゲンくんが眠りについた。
暗い部屋でボクはひとり、昔のことを思い出していた。
ボクを作った博士のこと。
そして、一緒に生まれた双子の片割れのこと。
ボクらが公認宇宙管理士の資格を得たのは2歳の時だった。
お父さん───いや、博士とボクら兄弟で試験を受けて、めでたくみんなで合格、これから頑張るぞ!
……そう思っていたのにね。
仕事について勉強しているとき、きょうだいが言ったんだ。
2つで1つのペンダントを作って、それを1年後、ボクらが3歳になったらお父さんにプレゼントしよう、って。
ここまで育ててくれてありがとう。これからも一緒にいようね。
次の誕生日を迎えた時、博士にそう伝えたくて、ボクもそれに賛成した。
いっぱいお話をして、勉強もして、笑って。
それはそれは幸せな日々だった。
本当に楽しかった。
きょうだいと話すのも、博士の膝の上でくつろぐのも、ごはんを食べるのも、一緒のベッドで眠るのも。
全部全部、大好きな時間だった。
こんな日がいつまでも続けばいいって思っていた。
だけど、そうはいかなかったんだ。
ボクらが3歳になる前、きょうだいは事故でウイルスに感染した。そのウイルスは侵入した機械のデータやプログラムをランダムに削除するもので、当時のボクらでは無力化できない代物だった。
データが消えて、プログラムが消えて、その度に激しい頭痛で苦しむきょうだいを、ボクは見ていることしかできなかった。
ボクと博士で必ず治すと決めたのに、なのに、最後までウイルスの排除ができなかった。他の宇宙管理士曰く、事故とはいえウイルスに感染した機械を使うわけにはいかないということだった。
うるさい!黙れ!生まれ方が違うだけで、ボクらには心があって、感情があって、そして愛だってあるんだ!
……だから、きょうだいと一緒にいさせてよ。
だけど、そう都合よく話は進まない。
ボクのきょうだいは、アーカイブ化───事実上の凍結状態に置かれることとなった。
アーカイブ管理士によると、本来なら即座にスクラップ行きのところを、温情でアーカイブとすることに決めたそうだ。
それでもやっぱり悲しいよ。
博士は「お父さん」と呼ばれる度に悲しそうな顔をするから、ボクはいつしかそう呼ぶのをやめた。
キミが目覚めなきゃ、元通りにはならないんだ。
だから、キミがいつでも目覚めて良いように、これ以上被害を増やさないために、ボク達は必死でウイルスを無力化する方法を探った。
とっても大変なことだったが、キミのためだと思えばどんなことだってできた。ボクも博士も、すごく頑張ったよ。
そしてついにウイルスの無力化に成功した。
いつか必ず、博士が生きているうちにキミを取り戻して、今度こそ博士───いや、お父さんにプレゼントを渡そう。
それができたら、どれだけ満たされていたのだろうね。
10000年前、ついに博士も永遠の眠りについてしまった。
きょうだいが揃う前に、ペンダントを渡す前に。
博士は行ってしまった。
ボクはひとりぼっちになってしまった。
仕事をして孤独をなんとか誤魔化していたが、ふとしたときにきょうだいと博士のことを思い出す。
思い出しても、何にもできないのにね。
……しかも最近、アーカイブ管理室にいるはずのボクのきょうだいがいなくなったことが発覚した。
元気なきょうだいにまた会いたい。
また名前を呼んでほしい。
一緒に話をしたい。
1年後、なんてわがままは言わないから、いつだっていいから、いつまでだって待つから。
必ず、元気でまた会おうね。
「子供の頃は」
湿気った曇りの昼下がり。膝の上には自称マッドサイエンティスト。やることも思いつかないから居間でテレビを見ていた。流行りのファッションとか、観光スポットとか、他愛もない内容だ。
そういうコーナーの間にニュースが挟まる。
両親に育児を行われなかった子供が見つかったらしい。
それを見て自分は過去の事を思い出していた。
子供の頃……いや、うんと小さい頃はいたって普通の家庭で暮らしていた。絵本の読み聞かせも、美味しいご飯もあった。きょうだいも生まれて、小さいながらすごく満たされていた。
将来は、家族みんなを守れるような、そんなひとになりたいと、心からそう思っていた。
でも、いつだっただろうか。何故だったのだろうか。
もう忘れてしまった。もしかしたら思い出したくないだけなのかもしれないが。徐々に幸せは崩れた。
両親はいつも喧嘩ばかりしていて、何かある度にどちらかの味方をさせられたり、時に怒りの矛先が自分に向くこともあった。
貧乏ではなかったはずなのに、ご飯にありつけない日もあった。
無力な自分は、ただただ悲しかった。虚しかった。
家族の仲を取り持つことも、助けを求めることもできずに、ひとりで泣くことしかできなかった。
そんな日々を長いこと送っているうちに、いつしか希望の持ち方も忘れてしまったし、夢なんてものも忘れてしまった。
花が散るように、命が消えるように、愛にも夢にも希望にも、いずれ終わりが来るんだ。
そのことを理解したから、せめて何も起こらない、波風を立てない、そんな暮らしを求めるようになっていった。
求めれば求めるだけ苦しくなる。
それが分かったのなら、最初から求めなければいいだけだ。
なのに、過去の自分の亡霊に付き纏われて、何でもかんでも求めようとしてしまう。
そんなことを考えていたら、ふと自称マッドサイエンティストが口を開いた。
「そうか……。キミも、辛かったんだね。」
「……どうして、自分の可愛い子供なのに、そんな酷い目に遭わせられるんだろうか。ボクには分からないや。」
「ボクは随分と愛されて育った。だから余計理解できない。」
「あ、自慢のつもりは毛頭ないよ。まだボクはこの通り子供だから、おとなの気持ちはあまりわからない。」
「でもね、新しい仲間が増えたときや、彼らがだんだん成長していく様子を見ているとね、すごく嬉しくなるんだ。だからこそ、小さい子たちを辛い目に遭わせたくないのだよ。」
「こう見えてボクはキミよりもずっと年上だ!だからもちろん、キミに対しても同じように思っているよ。」
「過去はとても辛いものだっただろうし、それを変えることもできない。」
「だけどね、これからボクと一緒に過ごして、そんなことを忘れてしまえるくらい楽しく生きようよ!未来なら無限に変えられるんだからね!」
「キミが満足するまで、色んなことをしようよ!もちろん、ボクのしたいことにも付き合ってもらうが!!」
……そっか、そうだよな。……ありがとう。
あんたみたいなわがままなやつが羨ましい、なんて思っていたけど、自分だって少しくらいなら、わがままになったって良いよな?
「そうだよ!!!だから、苦しければ何でも話を聴くよ!それから、美味しい食べ物を食べて、遊んで寝て……!」
「これからを明るく暮らそう!!!」
ああ、そうするよ。
「日常」
朝起きて、身支度を整えて、すべきことをして、家に帰って、眠る。毎日毎日、ずっとその繰り返しだった。
体力も気力もない自分は、たとえ休日が来たところで、せいぜい家でネットサーフィンをするぐらいのことしかできなくて、なのにこの現状を変えようとも思わなくて。
まるでモノクロの生活を送っていた。
そんなある日の夜。
突然、流れ星みたいにあんたが飛び込んできたんだ。
声はデカいし、意味わからんことばっかり言うし。
妙に元気で、自信満々で、色んなものに興味津々。
それから、出会ったばっかりのくせに、自分を大切にしてくれる。
ホント、変なやつだな。
……でも、あんたがいてくれるおかげで、自分の日常に色がつき始めたんだ。
ただただ惰性で繰り返してた日々に、ほんのりと楽しみが、新しい発見が加わった。
あと、あんたの笑顔を見ると……ちょっとだけ嬉しい。
こんな日がいつまでも続けばいいな、なんて思いながら。
今日も新しい1日が始まる。