わたあめ。

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7/7/2023, 6:14:11 PM

仕事終わり。
クタクタになって駅の方へ歩いていると、ワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。
駅なら当たり前だが、どこか楽しそうな声に目を向けると普段無いものがそこにあった。

笹の葉とカラフルな短冊が風でゆらゆらと揺れている。
そうだ、今日は七夕だ。
社会人にもなると、行事ごとに疎くなるもので、今の今まですっかり忘れていた。

子供の頃は、学校の行事等で短冊に願い事を書いたものだが、大人になった今では逆に書く人の方が少ないだろう。

駅主催の行事なのか、笹の葉の周りには机が設置されており、山盛りの短冊と数本のペンが置いてあった。
机で短冊に願いを書き込む者、楽しそうに笹に短冊を吊るす者、皆和気あいあいと行事を楽しんでいるようだった。

こんな煌びやかな所に久々に来たせいか、眩しく感じもしたが、少し興味もありちょっと覗いてみることにした。


そばの行事のポスターをみると、数日前から催していたようで、既に沢山の短冊が笹に吊るされていた。

他人の願いを覗くのはどうかと思ったが、こういうのも七夕の醍醐味な気もしたので笹飾りに近寄った。


【テストで100点取れますように。 なお】
【彼女が出来ますように。 りょうすけ】
【宝くじが当たりますように。 ゆう】

願い事の下に名前も書いてあり、「こういう感じだったなぁ」と懐かしみながら、短冊を見ていく。
まぁ当たり前だが、自分の欲に忠実な願い事ばかりが並ぶ。可愛らしいものから生々しいものまでそれぞれだ。

今は子供ばかり楽しんでいるが、短冊を見るとどうやら大人の字も混じっているので、大人も書いているのだろう。駅の職員はいい企画を考えたものだ。

似たような願いが並ぶ中、一つの短冊が気になった。


【あの子に会いたい。 】


名前は書いておらず、シンプルな願い事。

こういった恋愛系の短冊は何個も見たが、これだけふと気になった。

一体誰に会いたいのか。そんなの、短冊を吊るした本人にしか分からないものだが、何となく気になってしまったのだ。

そして、短冊を見た時に思い出したことがある。

子供の頃、七夕の夜に必ず見る夢があった。
満天の星の下で、同じ歳くらいの男の子と遊ぶのだ。
遊具や何か特別面白いものがある訳では無いが、ただたわいもない話をしたり、追いかけっこで遊んだりと時間を過ごしていた。
顔もはっきりと覚えているが、現実ではそんな男の子はおらず、夢の中にしか現れなかった。

大きくなるにつれて夢も見なくなり、記憶からも消えていたがそういえばなぜ見なくなったんだろうと不思議に思ったが、まぁ子供特有の不思議な夢と思えばそこで納得する。

考え事をしていると、気づけば30分以上も居座っていたことに気づき、さすがに帰ろうとした時だった。


「…あの。」

低い男性の声だった。
声をかけられると同時に肩を掴まれ、声のする方へ思わず顔を向けた。

そこには自分より少し身長が高いくらいの男性がたっており、優しそうな顔立ちをしていた。

走ってきたのか息を切らしており、彼が呼吸を整えながら私を見つめてくる。

何を言ったらいいのか分からず、沈黙の時間が続く。


「えっと……どちらさまで?」

やっと発せられた言葉で、男は我に返る。


「あ、あの……えっと……覚えてない?」


男は小首を傾げながら聞いてくる。
申し訳ないが、私は顔にも見覚えがない。

整った顔立ちをしているため、さすがにどこかで会っていれば覚えているはずだが……。


「すみません……覚えてなくて……。」

申し訳なさそうに言うと、男はガックリと肩を落とす。


「……そうだよな……もう20年近く前だもんな……。」
「え?」


男はボソボソ言いながら、自身のカバンを漁ると何かを取りだし、私の前に見せる。

「これ、幼い頃の俺。」

言葉を失った。
そこには、幼い頃夢の中にでてきた男の子が写っていた。

夢の中でしか出会えなかった少年。
子供の頃は探そうかとも考えたが、もちろん会うことなんてできず断念した。

それが今20年近くの時を経て、今現実で目の前に現れた。

こんな事があるのかと、正直まだ信じられずに困っていると、男は話し始めた。

「実は、君のことは数日前にこの駅で見つけたんだけど、急いでそうだったから。でも尾行して行くのは気が引けて、また会えた時にきちんと声をかけようと思ったんだ。」

確かにここ数日は仕事が忙しくて、鬼気迫る顔でこの駅を歩いていた気がする。
その姿を見られていたと思うと、少し恥ずかしい気もする。

「短冊に願いも込めてよかったな。」
「短冊って、この笹の?」


そう聞くと、男はニコッと笑って笹に目をやった。

「七夕の夜にいつも会えていたから、またこうやって会えるとしたら七夕の夜なんじゃないかって思って、短冊に願いを込めてみたんだ。」

恥ずかしそうに話す彼を、少し可愛いなと思ってしまった。

もしかしたら、ずっと探していてくれてたのだろうか。
この20年近くずっと?
そう思うと胸の奥が少し暖かいような苦しいような気がした。

「どうして、そこまで……」

私が小さな声で問いかけると、少し寂しそうに答えた。

「俺、家族とか人間関係全然上手くいってなかったんだ。だから人と話すの嫌いだったんだけど、君と話してる時はいつも楽しかった。」

まっすぐと私を見つめる彼の目は、まるで星が降ったかのようにキラキラしていた。

「きっと君に会えていなかったら、ずっと人と関わらずに生きようとしていたと思う。少しでもこうして、前向きに生きてこれたのは君のおかげなんだ。」

優しそうに話す彼に対して、上手く言葉にならず、どう話せばいいか分からなくなって俯いていると、男は跪いて私の視界に入ってくる。


「迎えに来るのが遅くなってごめん。どうか、俺と一緒になって貰えませんか?」


熱烈なプロポーズを受けて、良い返事をしてあげたいところだが、幼い頃に仲良くしていたとはいえ、私は彼の事をずっと忘れていた。

彼は私の事をずっと思っていたかもしれないが、私は彼にそこまでの気持ちを持っていない。

それなのに、プロポーズを受けるのは少しいい加減なのではないかと思ってしまう。

言い淀んでいると、目の前の視界がぐにゃりと歪んだ。


ぐるぐると歪む視界。
私を呼ぶ彼の声。
どんどん遠くなって、意識はとだえた。





目が覚めると、自分の部屋で寝っ転がっていた。
どうやら帰ってきてそのまま寝てしまったのか、外着のまま眠っていた。

この時期特有の蒸し暑さのせいで、汗をじっとりとかいていて気持ち悪い。

男が出てきたのは夢だったのだろうか。
はたまた現実か。

とりあえず、夢の中だろうと現実だろうと、

彼にいえなかった返事を考えておくべきだなと、私は思うのだ。


#七夕

6/27/2023, 4:05:39 AM

晴れて、とても暑い夏の日だった。
雲もなくて、太陽に照り付けられた地面も熱くて、歩くのがすごく億劫で。

私は、君と海に行く約束をしてたんだ。

付き合って1年経つあの日。
実は別れ話をしようと思っていた。
君は、初めて私からデートに誘って貰ったとウキウキしていて、前日もこうしようああしようと、計画を楽しそうに立てていた。そんな君を見るのがこれで最後になるのかと思うと、私にとっては複雑だった。

「10時に君の家に迎えに行く。」
そう言ってあったから、私は約束通り10時に着くように君の家に向かった。
インターホンを鳴らすと、バタバタと君が出てきて、
「買い忘れたものがあったからコンビニ行ってくる。少し待ってて。」
私の肩にポンっと手を置きながら横を通り過ぎていく。

忘れ物や時間の遅れは日常茶飯事だった。
むしろ、遅れや忘れ物がなかったことは無い。
そんな杜撰なところが、今回別れを切り出す理由でもあった。
きっと私の心が狭いのだろう。
他の人なら、もう少し許せるのかもしれない。
それ以外は完璧な人。
見た目も大まかな性格も問題なし。
「いい男捕まえたね。」と、知人や友人からは何度も言われた。
そう、私の心が狭いだけ。
私が彼に合わなかっただけ。
だからしっかりお別れを伝えて、彼には私なんかよりもいい女捕まえて幸せになってもらおう。

ずっとそうやって言い聞かせてきた。

少しと言ったくせに30分経っても帰ってこない。
遅すぎると思って、コンビニに向かおうと大きな道へ出ると、

そこには救急車とパトカーが止まってた。

大きな声で叫ぶ人。
AEDを持って救命処置を施そうとしてる人。
周りでざわつく野次馬達。
その真ん中で、倒れている人。

倒れている人にはものすごく見覚えがあって、

数十分前に出ていった君の格好にそっくりだった。


それからは巡るように時間が過ぎていって、病院に搬送されて一度は持ち直したものの、結局君は帰らぬ人となった。

ずっと集中治療室にいたので、家族以外顔を見ることも出来ず、君は遠くへ行ってしまった。

まさかこんな別れ方をするなんて思ってなくて、しばらくは放心状態だった。
周りからは仲のいい彼氏彼女で通っていただろうから、すごく心配された。でも、それが重荷でもあった。

葬儀や四十九日法要も終わって落ち着いた頃、彼のお母さんから連絡があり、彼の家を訪ねた。

「これ、息子がずっと持ってたらしいの。」

差し出されたのは、手紙だった。

不器用な君。
文才もなく、たった2行の手紙だったけど、
私にとっては、初めてのラブレターだった。

そして彼の傍には、もうひとつ落ちていたものがあったらしい。
小さなクチナシの花束。
手紙と一緒に渡そうとしていたのではないかと言われた。

コンビニの隣には、できたばかりの花屋があった。
きっと、そこに行ってたんだね。

私はそこで初めて泣いた。
ぽろぽろと涙がこぼれてきた。
彼のお母さんの前なのに、構わずわんわんと泣いていた。優しく、背中をさすってくれた手は、彼のように優しくあたたかかった。


あれから数十年、私は毎年この暑い時期になると彼に会いに行く。
___白いカーネーションの花束をもって。



【花言葉】
クチナシ:私はとても幸せです。
白のカーネーション:私の愛は生きています。

#君と最後に会った日

6/15/2023, 6:41:05 AM

「今日もダメだったかぁ。」

ポツリと、誰に向ける訳でもなく呟く。


その声は人並みの喧騒に紛れていった。

時刻は夕方17時過ぎ。営業として派遣されて数ヶ月。私はまだ、ろくに仕事ができていない。
契約ひとつとる事も出来ず、今に至っている。
最初の二、三ヶ月は先輩が一緒に回ってくれていたが、研修期間も終え、独り立ちをした途端にこれだ。
向いてないのではないかと、心が折れつつある。

最初は「ドンマイ」と声をかけてくれていた上司も、最近は報告の電話の度に渋い顔をするようになった。
さすがに、看過できなくなって来たのであろう。

この前、会議の後に先輩に呼び出された。

「わかってると思うけどさ、あなた一個も契約取れてないのよ。」
「はい。」
「もう入って数ヶ月経つんだからさ、新入社員気分でいられても困るんだよね。」
「……すみません。」

言葉が出なかった。なにか言おうとも考えたが、言い返せるほどの気力も湧かず、ただただ先輩の言葉を聞いていた。

私だって頑張っている。毎度毎度試行錯誤して仕事に臨んでる。でもそれは私に限った話でもなく、この会社の営業部、そして営業という仕事についてるひと誰もがやっている事だ。私だけがこんなに頑張っている訳では無い。
皆、他者と競いながら思考を凝らして日々頑張っているのだ。だから、ここでへこたれる訳にはいかないんだ。
それなのに……。


コツコツとヒールを鳴らしていた私の足が止まる。

動けない。今日まで気合いで乗り切ってきた。
これだけ頑張れば、きっとどこかいい会社が、いい取引先と巡り会えるはずって。


でも、現実は厳しかった。

「もう他と契約しちゃったからさ。」
「これだと、前に来たところの方が安いなぁ。」


いつもかけられる言葉は、どれも冷たかった。

どこも本気なのだから、そう簡単に認めて貰えないものだとはわかっているものの、私にはしんどかった。

今日の取引先も反応はイマイチで、案の定ほぼ追い返されてしまった。
ずっと営業スマイルを維持してた私を誰か褒めて欲しい。

毎日この繰り返し。
だんだん朝起きるのすら苦痛になってきた。
このまま起き上がれなくなればいいのにとすら思ってしまう。

「日々頑張りなさい。その努力を見てくれる人はいるから。」

配属してすぐの上司の言葉。失敗する度に、私に語りかけてくれる優しい声を思い出す。

いつもなら、この言葉を糧に頑張れるのに。
それなのに。

口をギュッと結び、手を固く握る。


「誰も……見てくれないじゃない……」

ぽたぽたと、アスファルトに水滴が落ちる。

数滴落ちたところで、自分が泣いてるのだと自覚した。
流石に外で涙でぐしゃぐしゃな姿を晒せるほど、私は幼くない。

涙を誤魔化すために、空を見上げる。

晴れとも曇りとも言えない空。
とても、あいまいな空。

ふっ。と息が漏れた。


「今の私みたいだね。」


#あいまいな空

6/11/2023, 2:40:59 AM

趣味:特になし


聞かれる度、常にそう答えてきた。
本当にやりたい事がないからだ。

進学や就職の際の面接は、当たり障りのないことを書いてきた。
〝映画鑑賞〟とか〝読書〟
他者に好印象を持たれるために本来とは違ったことを書くなんて、誰でもすることだろう。
俺も、その中の一人だ。

人生の中で、熱中したものはひとつも無かった。
どんな娯楽にも意欲が湧かず、特に面白味もなく生きてきた。
社会人となった今も、ハマっていることは全くない。


じゃあ、休日は何をしているのかって?
何もしていない。

布団にこもり、ただぼんやりと窓から見える空を眺めている。
溜まった家事をこなし、買い物をして、ご飯を食べて、風呂に入って、眠る。
そんな日々だ。

ネットサーフィンをしていた時期もあったが、面白いコンテンツを見つけることが出来なかったのでやめた。

筋トレして体を鍛えようかとも考えた。
だが、仕事の日に筋肉痛で苦しむことになるのでやめた。


そもそも自分が楽しくない。
そんなもの、続ける価値がないと思った。


こうして趣味、やりたい事がないので友達もいない。
常に一人だった。
学生時代、担任には協調性が無いように見えていたかもしれない。だが違う、他者に興味をもてなかったのだ。


そんな生活して数十年、ふと思った。
この生活に、なにか意味があるのだろうか。

特に何をするでもなく日々を消費していく人生に、未練なんてない。

では、こうして生きているのも無駄なのではないか、と。

決めた。

この人生を終わらせに行こう。


何にも興味を持てない俺なんて、きっと欠陥品だ。
そんな欠陥品、生きていても仕方がない。

ならば、そんな欠陥品どうなったっていいだろう。
たとえどこかで息絶えていたとしても、誰も困らない。

そう思うと心が軽くなった気がした。


どうせなら綺麗な場所でと思い、財布だけ持って外に出る。


___眩しい。

外が明るく見える。
天気は曇り空で微妙なのに。

心がふわふわして、足取りが軽い。
なんだかワクワクしている。


あぁそうか、


初めて、〝やりたいこと〟見つかったんだ。


#やりたいこと


6/8/2023, 7:51:47 AM

太陽の光が反射して、海がキラキラと輝く。
青い空。そして、静かな波の音。

〝平和〟そのものだ。


僕はずっと海の絵を描いている。

毎日毎日海に赴き、海の姿をスケッチに記録するのだ。

雨や雪、天気が荒れてる日は出来ないが、晴れや曇りの日にはなるべく描きに行くようにしている。

なぜ俺が、毎日海へ向かうのか。
それは、ある人との約束だった。


『君の絵の中に、私を入れてよ。』


黒いロングのストレートヘアーを風になびかせながら、彼女は僕に言った。

彼女の瞳は、海を写しているような綺麗な青色。
そんな瞳に心を奪われてしまったからか、僕は身勝手な彼女の願いを聞き入れた。


その日からずっと、僕は描く海の絵のどこかに彼女を潜ませている。

浜辺を歩かせたり、波打ち際で遊ばせたり。
様々な彼女を描いた。

ちなみに彼女とは、一度しか会ったことがない。


初対面の男に、こんな我儘を言ってきたのだ。
普通、無視か断るものだと思うが、僕は出来なかった。

それくらい、彼女の瞳は魅力的だった。


彼女を描き続けて、気づいたことがある。

彼女は絶対にこちらを見ない。
絵の中の彼女も、海かまたは別のどこかを眺めている。

僕を見ることは、きっとない。

だからこそ、僕が見ていないとどこかへ飛んでいってしまう気がした。そう思うと、筆が自然と動いて彼女を描くのだ。


そう描き続けて、どれくらいの月日が経ったのか。
僕の家には、彼女と海の絵が何百もある。
最初に比べて、筆のスピードも遅くなってきた。

もしかしたら、筆を持てなくなる時が来るのかもしれない。

そうすれば、この〝平和〟な時間も終わりだ。


もしこの時間に、この世界に終わりが来るのだとしたら。


僕は君と一緒にいたい。
君と海を眺めて、その姿をまた描きたい。


そう思いながら、徐々に重くなっていく手を動かしていく。


懸命に、海とキャンバスを見ながら描いていたからか、僕は後ろから来る人に気づかなかった。


『ねぇ。』


その声を聞いた瞬間、僕は涙がこぼれた。


#世界の終わりに君と

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