仕事終わり。
クタクタになって駅の方へ歩いていると、ワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。
駅なら当たり前だが、どこか楽しそうな声に目を向けると普段無いものがそこにあった。
笹の葉とカラフルな短冊が風でゆらゆらと揺れている。
そうだ、今日は七夕だ。
社会人にもなると、行事ごとに疎くなるもので、今の今まですっかり忘れていた。
子供の頃は、学校の行事等で短冊に願い事を書いたものだが、大人になった今では逆に書く人の方が少ないだろう。
駅主催の行事なのか、笹の葉の周りには机が設置されており、山盛りの短冊と数本のペンが置いてあった。
机で短冊に願いを書き込む者、楽しそうに笹に短冊を吊るす者、皆和気あいあいと行事を楽しんでいるようだった。
こんな煌びやかな所に久々に来たせいか、眩しく感じもしたが、少し興味もありちょっと覗いてみることにした。
そばの行事のポスターをみると、数日前から催していたようで、既に沢山の短冊が笹に吊るされていた。
他人の願いを覗くのはどうかと思ったが、こういうのも七夕の醍醐味な気もしたので笹飾りに近寄った。
【テストで100点取れますように。 なお】
【彼女が出来ますように。 りょうすけ】
【宝くじが当たりますように。 ゆう】
願い事の下に名前も書いてあり、「こういう感じだったなぁ」と懐かしみながら、短冊を見ていく。
まぁ当たり前だが、自分の欲に忠実な願い事ばかりが並ぶ。可愛らしいものから生々しいものまでそれぞれだ。
今は子供ばかり楽しんでいるが、短冊を見るとどうやら大人の字も混じっているので、大人も書いているのだろう。駅の職員はいい企画を考えたものだ。
似たような願いが並ぶ中、一つの短冊が気になった。
【あの子に会いたい。 】
名前は書いておらず、シンプルな願い事。
こういった恋愛系の短冊は何個も見たが、これだけふと気になった。
一体誰に会いたいのか。そんなの、短冊を吊るした本人にしか分からないものだが、何となく気になってしまったのだ。
そして、短冊を見た時に思い出したことがある。
子供の頃、七夕の夜に必ず見る夢があった。
満天の星の下で、同じ歳くらいの男の子と遊ぶのだ。
遊具や何か特別面白いものがある訳では無いが、ただたわいもない話をしたり、追いかけっこで遊んだりと時間を過ごしていた。
顔もはっきりと覚えているが、現実ではそんな男の子はおらず、夢の中にしか現れなかった。
大きくなるにつれて夢も見なくなり、記憶からも消えていたがそういえばなぜ見なくなったんだろうと不思議に思ったが、まぁ子供特有の不思議な夢と思えばそこで納得する。
考え事をしていると、気づけば30分以上も居座っていたことに気づき、さすがに帰ろうとした時だった。
「…あの。」
低い男性の声だった。
声をかけられると同時に肩を掴まれ、声のする方へ思わず顔を向けた。
そこには自分より少し身長が高いくらいの男性がたっており、優しそうな顔立ちをしていた。
走ってきたのか息を切らしており、彼が呼吸を整えながら私を見つめてくる。
何を言ったらいいのか分からず、沈黙の時間が続く。
「えっと……どちらさまで?」
やっと発せられた言葉で、男は我に返る。
「あ、あの……えっと……覚えてない?」
男は小首を傾げながら聞いてくる。
申し訳ないが、私は顔にも見覚えがない。
整った顔立ちをしているため、さすがにどこかで会っていれば覚えているはずだが……。
「すみません……覚えてなくて……。」
申し訳なさそうに言うと、男はガックリと肩を落とす。
「……そうだよな……もう20年近く前だもんな……。」
「え?」
男はボソボソ言いながら、自身のカバンを漁ると何かを取りだし、私の前に見せる。
「これ、幼い頃の俺。」
言葉を失った。
そこには、幼い頃夢の中にでてきた男の子が写っていた。
夢の中でしか出会えなかった少年。
子供の頃は探そうかとも考えたが、もちろん会うことなんてできず断念した。
それが今20年近くの時を経て、今現実で目の前に現れた。
こんな事があるのかと、正直まだ信じられずに困っていると、男は話し始めた。
「実は、君のことは数日前にこの駅で見つけたんだけど、急いでそうだったから。でも尾行して行くのは気が引けて、また会えた時にきちんと声をかけようと思ったんだ。」
確かにここ数日は仕事が忙しくて、鬼気迫る顔でこの駅を歩いていた気がする。
その姿を見られていたと思うと、少し恥ずかしい気もする。
「短冊に願いも込めてよかったな。」
「短冊って、この笹の?」
そう聞くと、男はニコッと笑って笹に目をやった。
「七夕の夜にいつも会えていたから、またこうやって会えるとしたら七夕の夜なんじゃないかって思って、短冊に願いを込めてみたんだ。」
恥ずかしそうに話す彼を、少し可愛いなと思ってしまった。
もしかしたら、ずっと探していてくれてたのだろうか。
この20年近くずっと?
そう思うと胸の奥が少し暖かいような苦しいような気がした。
「どうして、そこまで……」
私が小さな声で問いかけると、少し寂しそうに答えた。
「俺、家族とか人間関係全然上手くいってなかったんだ。だから人と話すの嫌いだったんだけど、君と話してる時はいつも楽しかった。」
まっすぐと私を見つめる彼の目は、まるで星が降ったかのようにキラキラしていた。
「きっと君に会えていなかったら、ずっと人と関わらずに生きようとしていたと思う。少しでもこうして、前向きに生きてこれたのは君のおかげなんだ。」
優しそうに話す彼に対して、上手く言葉にならず、どう話せばいいか分からなくなって俯いていると、男は跪いて私の視界に入ってくる。
「迎えに来るのが遅くなってごめん。どうか、俺と一緒になって貰えませんか?」
熱烈なプロポーズを受けて、良い返事をしてあげたいところだが、幼い頃に仲良くしていたとはいえ、私は彼の事をずっと忘れていた。
彼は私の事をずっと思っていたかもしれないが、私は彼にそこまでの気持ちを持っていない。
それなのに、プロポーズを受けるのは少しいい加減なのではないかと思ってしまう。
言い淀んでいると、目の前の視界がぐにゃりと歪んだ。
ぐるぐると歪む視界。
私を呼ぶ彼の声。
どんどん遠くなって、意識はとだえた。
目が覚めると、自分の部屋で寝っ転がっていた。
どうやら帰ってきてそのまま寝てしまったのか、外着のまま眠っていた。
この時期特有の蒸し暑さのせいで、汗をじっとりとかいていて気持ち悪い。
男が出てきたのは夢だったのだろうか。
はたまた現実か。
とりあえず、夢の中だろうと現実だろうと、
彼にいえなかった返事を考えておくべきだなと、私は思うのだ。
#七夕
7/7/2023, 6:14:11 PM