わたあめ。

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晴れて、とても暑い夏の日だった。
雲もなくて、太陽に照り付けられた地面も熱くて、歩くのがすごく億劫で。

私は、君と海に行く約束をしてたんだ。

付き合って1年経つあの日。
実は別れ話をしようと思っていた。
君は、初めて私からデートに誘って貰ったとウキウキしていて、前日もこうしようああしようと、計画を楽しそうに立てていた。そんな君を見るのがこれで最後になるのかと思うと、私にとっては複雑だった。

「10時に君の家に迎えに行く。」
そう言ってあったから、私は約束通り10時に着くように君の家に向かった。
インターホンを鳴らすと、バタバタと君が出てきて、
「買い忘れたものがあったからコンビニ行ってくる。少し待ってて。」
私の肩にポンっと手を置きながら横を通り過ぎていく。

忘れ物や時間の遅れは日常茶飯事だった。
むしろ、遅れや忘れ物がなかったことは無い。
そんな杜撰なところが、今回別れを切り出す理由でもあった。
きっと私の心が狭いのだろう。
他の人なら、もう少し許せるのかもしれない。
それ以外は完璧な人。
見た目も大まかな性格も問題なし。
「いい男捕まえたね。」と、知人や友人からは何度も言われた。
そう、私の心が狭いだけ。
私が彼に合わなかっただけ。
だからしっかりお別れを伝えて、彼には私なんかよりもいい女捕まえて幸せになってもらおう。

ずっとそうやって言い聞かせてきた。

少しと言ったくせに30分経っても帰ってこない。
遅すぎると思って、コンビニに向かおうと大きな道へ出ると、

そこには救急車とパトカーが止まってた。

大きな声で叫ぶ人。
AEDを持って救命処置を施そうとしてる人。
周りでざわつく野次馬達。
その真ん中で、倒れている人。

倒れている人にはものすごく見覚えがあって、

数十分前に出ていった君の格好にそっくりだった。


それからは巡るように時間が過ぎていって、病院に搬送されて一度は持ち直したものの、結局君は帰らぬ人となった。

ずっと集中治療室にいたので、家族以外顔を見ることも出来ず、君は遠くへ行ってしまった。

まさかこんな別れ方をするなんて思ってなくて、しばらくは放心状態だった。
周りからは仲のいい彼氏彼女で通っていただろうから、すごく心配された。でも、それが重荷でもあった。

葬儀や四十九日法要も終わって落ち着いた頃、彼のお母さんから連絡があり、彼の家を訪ねた。

「これ、息子がずっと持ってたらしいの。」

差し出されたのは、手紙だった。

不器用な君。
文才もなく、たった2行の手紙だったけど、
私にとっては、初めてのラブレターだった。

そして彼の傍には、もうひとつ落ちていたものがあったらしい。
小さなクチナシの花束。
手紙と一緒に渡そうとしていたのではないかと言われた。

コンビニの隣には、できたばかりの花屋があった。
きっと、そこに行ってたんだね。

私はそこで初めて泣いた。
ぽろぽろと涙がこぼれてきた。
彼のお母さんの前なのに、構わずわんわんと泣いていた。優しく、背中をさすってくれた手は、彼のように優しくあたたかかった。


あれから数十年、私は毎年この暑い時期になると彼に会いに行く。
___白いカーネーションの花束をもって。



【花言葉】
クチナシ:私はとても幸せです。
白のカーネーション:私の愛は生きています。

#君と最後に会った日

6/27/2023, 4:05:39 AM