「今日もダメだったかぁ。」
ポツリと、誰に向ける訳でもなく呟く。
その声は人並みの喧騒に紛れていった。
時刻は夕方17時過ぎ。営業として派遣されて数ヶ月。私はまだ、ろくに仕事ができていない。
契約ひとつとる事も出来ず、今に至っている。
最初の二、三ヶ月は先輩が一緒に回ってくれていたが、研修期間も終え、独り立ちをした途端にこれだ。
向いてないのではないかと、心が折れつつある。
最初は「ドンマイ」と声をかけてくれていた上司も、最近は報告の電話の度に渋い顔をするようになった。
さすがに、看過できなくなって来たのであろう。
この前、会議の後に先輩に呼び出された。
「わかってると思うけどさ、あなた一個も契約取れてないのよ。」
「はい。」
「もう入って数ヶ月経つんだからさ、新入社員気分でいられても困るんだよね。」
「……すみません。」
言葉が出なかった。なにか言おうとも考えたが、言い返せるほどの気力も湧かず、ただただ先輩の言葉を聞いていた。
私だって頑張っている。毎度毎度試行錯誤して仕事に臨んでる。でもそれは私に限った話でもなく、この会社の営業部、そして営業という仕事についてるひと誰もがやっている事だ。私だけがこんなに頑張っている訳では無い。
皆、他者と競いながら思考を凝らして日々頑張っているのだ。だから、ここでへこたれる訳にはいかないんだ。
それなのに……。
コツコツとヒールを鳴らしていた私の足が止まる。
動けない。今日まで気合いで乗り切ってきた。
これだけ頑張れば、きっとどこかいい会社が、いい取引先と巡り会えるはずって。
でも、現実は厳しかった。
「もう他と契約しちゃったからさ。」
「これだと、前に来たところの方が安いなぁ。」
いつもかけられる言葉は、どれも冷たかった。
どこも本気なのだから、そう簡単に認めて貰えないものだとはわかっているものの、私にはしんどかった。
今日の取引先も反応はイマイチで、案の定ほぼ追い返されてしまった。
ずっと営業スマイルを維持してた私を誰か褒めて欲しい。
毎日この繰り返し。
だんだん朝起きるのすら苦痛になってきた。
このまま起き上がれなくなればいいのにとすら思ってしまう。
「日々頑張りなさい。その努力を見てくれる人はいるから。」
配属してすぐの上司の言葉。失敗する度に、私に語りかけてくれる優しい声を思い出す。
いつもなら、この言葉を糧に頑張れるのに。
それなのに。
口をギュッと結び、手を固く握る。
「誰も……見てくれないじゃない……」
ぽたぽたと、アスファルトに水滴が落ちる。
数滴落ちたところで、自分が泣いてるのだと自覚した。
流石に外で涙でぐしゃぐしゃな姿を晒せるほど、私は幼くない。
涙を誤魔化すために、空を見上げる。
晴れとも曇りとも言えない空。
とても、あいまいな空。
ふっ。と息が漏れた。
「今の私みたいだね。」
#あいまいな空
6/15/2023, 6:41:05 AM