わたあめ。

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太陽の光が反射して、海がキラキラと輝く。
青い空。そして、静かな波の音。

〝平和〟そのものだ。


僕はずっと海の絵を描いている。

毎日毎日海に赴き、海の姿をスケッチに記録するのだ。

雨や雪、天気が荒れてる日は出来ないが、晴れや曇りの日にはなるべく描きに行くようにしている。

なぜ俺が、毎日海へ向かうのか。
それは、ある人との約束だった。


『君の絵の中に、私を入れてよ。』


黒いロングのストレートヘアーを風になびかせながら、彼女は僕に言った。

彼女の瞳は、海を写しているような綺麗な青色。
そんな瞳に心を奪われてしまったからか、僕は身勝手な彼女の願いを聞き入れた。


その日からずっと、僕は描く海の絵のどこかに彼女を潜ませている。

浜辺を歩かせたり、波打ち際で遊ばせたり。
様々な彼女を描いた。

ちなみに彼女とは、一度しか会ったことがない。


初対面の男に、こんな我儘を言ってきたのだ。
普通、無視か断るものだと思うが、僕は出来なかった。

それくらい、彼女の瞳は魅力的だった。


彼女を描き続けて、気づいたことがある。

彼女は絶対にこちらを見ない。
絵の中の彼女も、海かまたは別のどこかを眺めている。

僕を見ることは、きっとない。

だからこそ、僕が見ていないとどこかへ飛んでいってしまう気がした。そう思うと、筆が自然と動いて彼女を描くのだ。


そう描き続けて、どれくらいの月日が経ったのか。
僕の家には、彼女と海の絵が何百もある。
最初に比べて、筆のスピードも遅くなってきた。

もしかしたら、筆を持てなくなる時が来るのかもしれない。

そうすれば、この〝平和〟な時間も終わりだ。


もしこの時間に、この世界に終わりが来るのだとしたら。


僕は君と一緒にいたい。
君と海を眺めて、その姿をまた描きたい。


そう思いながら、徐々に重くなっていく手を動かしていく。


懸命に、海とキャンバスを見ながら描いていたからか、僕は後ろから来る人に気づかなかった。


『ねぇ。』


その声を聞いた瞬間、僕は涙がこぼれた。


#世界の終わりに君と

6/8/2023, 7:51:47 AM