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3/26/2022, 8:02:59 AM

「先生、泣かないでくださいよ」
そう言って俺は、目の前で顔を濡らしている彼にティッシュ箱を差し出す。目元に触れる薄紙は、瞬く間にしとどに濡れていく。
ああ、鬱陶しい。すぐ泣くこの人も、世話を焼いてしまう俺自身も。
好きじゃないのに、見離すことができない。
「ありがとうございます」
そんなことを言われてしまえば、なおさら。
でも、好きじゃない。
あんたなんか、大嫌いだ。

11/7/2021, 2:33:53 PM

私とくろは似ていない。髪の色も、目元も、性格も。
私に比べてくろは気が弱いし、いつもおどおどしていて正直うざったい。いっつも猫背だし、声は小さいし、ねぼすけだし、頭はそこまで良くないし。
そんで料理は私より上手だし、私よりちょっとだけ足が速い。ちょっとだけね。悔しいけど。
周りからもよく「似てないね」って言われる。そりゃそうでしょ、二卵生なんだから。
ていうか、似てない方がいい。
似てなければ似てないほど、私とくろは好きなように生きられる。比べられることも無くなるんだって。あいつの受け売りだから内容は少しむずかしいけど、よーするに、似てない方がお得ってことでしょ。
まあ、んん……お揃いがいやなわけじゃないんだけど。このヘアピンだって、くろとお揃いが良くてこれにしたわけだし。
……あぁちょっと!何ニヤニヤしてるの、今のぜっったいくろに言っちゃダメだからね!



私としろはよく似ている。変なとこで意地を張っちゃうところとか、お互いのことを大切に思っているところとか。あと、いたずらが好きなところとか。
確かにしろは私より賢いし、むずかしい本をよく読んでいるから、たまに話しかけにくいときもあるけど。
でもね、これは他の人にはないしょだけどね、しろって、私と同じくらい怖がりなんだよ。
いつもは胸を張って背筋を伸ばして堂々としているけれど、実はただ強がっているだけってときもある。似てないねって言われることが多いけど、私とそっくりなところはけっこうある。
しろはたまに怖いけど、似てるねって言われると少しうれしい顔するの、私は知ってる。もちろん私もうれしいよ。
だから、しろがこのヘアピンをくれたときはすっごくうれしかった!
私の大切なたからもの。ずっと大事にするの。
照れくさいから直接言えないけど、私、しろがだいすき。
……って、ねえ!はずかしいから、今のぜったいしろに言わないでよ!

11/6/2021, 2:57:11 PM

友達と別れて帰路についたとき、雨が降ってきた。困ったな、傘持ってないのに。
にわか雨と言えども柔らかく降り注ぐ雨粒は、僕を優しく撫でていくようだ。春先の気温に合わせてか、雨はやや温かいように感じる。嫌な気分ではなかった。
家まではあと少しだけれど、寄り道がてら目に止まったバス停に入って雨をしのいだ。今にも崩れそうな東屋だが、実のところ、僕が小学生の頃から存在している。案外強いんだな、と何様目線で見直した。

備え付けの古びたパイプ椅子に腰掛けると、椅子はギシッと音を鳴らす。あまり椅子に負荷をかけないように、バッグを膝から下ろした。
特にすることもなくて目を閉じると、錆び付いたトタンの屋根に雨が当たる音が空間全体に広がるのが分かる。なんせ僕1人入っただけで、もう半分のスペースを占めてしまう広さだ。おまけにトタン張りだから、よけい反響しやすいのだろう。

カーン、コーン、コン、コン。
トトッ、カーン。

その音がなんだか心地よくて、しばらくこうしていたくなった。
背もたれに体重をかければ椅子がギシギシと軋む。そんな音でさえも嫌とは感じなかった。

(——少しだけ)

少しだけ、このままでいよう。
目を閉じたまま、僕はゆっくりと深呼吸する。息を吐き出しきる前に、頭が眠りにつこうとしたのが分かった。
それに抗うこともないまま、僕は眠りに落ちていった。

11/6/2021, 4:53:36 AM

流れ星に願い事をするなんていつぶりだろう。
少なくとも、俺があの子くらいのときには既にしなくなっていた。俺の願い事が叶うことは無いと知っていたから。
当然、あの子の願いが叶うことも無いと知っている。俺もあの子も、同じ人間なんだから。

それでも最近は、俺とあの子がどんなに同じでも、やっぱり違う人間なんだなと思い知らされる。変わらないはずの生活が、いくつかのイレギュラーによって壊れかけている。
……壊れるなんて表現をしたらあいつらが悪者みたいになるけど、実際壊れているものは壊れているんだから仕方ない。
「いいことなんだけどね」
俺はそう独りごちて息を吐いた。誰に聞かれた訳でもない言葉は、闇に溶けて消えていった。

あの子の世界は、壊れてしまった方がいい。壊してしまった方がいい。
誰かが、誰かが。誰が?誰も壊せずに、壊してくれずに、こうして俺は今存在しているのに?
あの子が大切にしているあいつは、今度こそあの子を救ってくれるだろうか。
俺が大切にしていたあいつは、あまりにも優しすぎたから。だから、壊してはくれなかった、それだけの勇気がなかった。
でも今なら。イレギュラーである今なら、可能性はある。
あの子の望みは、俺の望みは、それだけだ。

……俺と彼女のことは、気にしなくていいからさ。

憎らしくて愛おしい、俺の大切なあいつと同じくらい優しいあの子は、きっと壊すのを怖がる。悲しんで、否定するだろう。
俺だって、彼女だって、そりゃ悲しいさ。
悲しいけれど、もういいよ、疲れたでしょって、諭してあげないと。そうして、笑ってみせるんだ。

だからさ、頼むよ。
今度こそ、どうか。

星が瞬いた瞬間。
俺は、誰に聞かせる訳でもない言葉を、誰かに聞こえるように、ポツリと呟いた。

11/3/2021, 9:15:18 AM

思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ……なんて。
いかにも雅なことを考えるよね、昔の人は。
きっと、本当にその人のことが好きだったんだろうな。
僕?そうだなあ、僕なら……
恋愛感情でなくてもいいなら、そんな風に思う人はいるよ。
今日は何をしていたんだろう、何か面白いことあったかな、って。
いつも寝る前にそうやって、あいつのことを思い浮かべてるよ。
あはは、そう考えると、正に思ひつつ……だね。
もしもあいつが夢に出てきたら、現実では出来ないぶん、たくさん遊ぶんだ。子どもの頃みたいに。
あ、でも。
夢と知りせば 覚めざらましを……みたいになっちゃうな。だって、あいつとめいっぱいはしゃいだり、思いっきり走り回ったり、なんてこと、夢でしかできないもの。
夢もいいけれど、やっぱり僕は、現実であいつを大切にしたいな。
だからさ、夢だと知らないままでいいんだ。
夢で逢えたら、その分、現実でもたくさん話したり、散歩したりするから。
——え、今日も寝る前に「思ひつつ」なのか、って?
うーん、そうだなあ。
あいつの話だとさ、あいつはあいつで、自分自身の夢の中ではかなり忙しいらしいんだ。だから、もし僕の「思ひつつ」があいつに伝わっちゃうと、困らせちゃうかなって。
だから、今日はお休み!はは、そんな顔しないでよ。わかったわかった、また明日ね。
……ああ、そろそろ帰らないと。じゃあ、また。

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