何色にも染まるあなたを、自分の色にだけは染めたくなかった。
ひとつの色だけがないところで、何も問題はなかった。
あなたはきっと、黒がとてもよく似合うから。
ゆうやけこやけで日が暮れる。
そんな歌を口ずさみながら、あなたは私の隣を歩く。
少し外れた音、間違えた歌詞、最後のほうは覚えていなくて、声はそのまま消え入った。それを惜しいと思わないくらいには、私の居場所はあなたの隣だった。
夕日がうんと傾いて、あなたの顔が翳っていく。それが帰路の終わりの合図であることを知っているから、私たちは短い言葉を交わして背中を向けた。
別れがたくはなかった。だって明日も会えるから。
私の居場所が、明日も訪れることを知っているから。
明日の居場所が無かったのは、そんな惨めな傲慢のせい。
夕日は今日も綺麗なまま。
私の居場所は、今日もどこかに消えたまま。
⸺ふ、と。
あなたが離れていく。
先ほどまで触れていた唇はほのかにあたたかくて、あなたの体温が確かにそこにあったことを肯定している。
名残惜しさなんて微塵もなく離れたあなたの目は確かに私を捉えていて、その目を覗く私がひたすらに醜いものに思われた。
きれいなあなたを穢らわしいものにしてしまったような気がして、無意識に言葉を紡いでいた。
あなたは驚いたような目をして、それから優しく微笑んで、それから、それから。
そうしてもう二度と、あなたの目を見ることはなかった。
〇月✕日 くもり
こうえんのすみっこで子ねこをみつけた。ダンボールに入っていた。まっくろなねこだったから、わたしとおそろい。
家にかえってそのことを言うと、うちではかえないよって言われた。
子ねこがかぜをひくとわるいから、こうえんに行って、ダンボールの中にタオルを二まいしいてあげた。
〇月△日 はれ
子ねこはきょうもダンボールにいた。
ちいさなこえですこしだけニャーってないた。おなかがすいてるのかもしれない。
こうえんのすいどうから、りょう手で水をもって子ねこにあげた。水はすぐにこぼれちゃうから、なんかいも行ったりきたりした。
つかれたけど、子ねこがうれしそうだったからよかった。
〇月〇日 あめ
きょうのあさ、子ねこのところにいった。
子ねこはいなかった。
ダンボールもなかったから、たぶん、だれかがひろったんだとおもう。ちょっとかなしかったけど、こうえんはさむかったから、ひろわれてよかったねっておもうことにした。
またあいたいな。
△月✕日 はれ
となりのクラスの██ちゃんが、ねこをかっているらしい。
すてねこだったんだってみんなに言ってた。こうえんでひろったんだって。まっくろなねこだから、クロってなまえにしたみたい。
ねこをみたいみんなは、がっこうがおわってから██ちゃんの家にあそびに行くんだって。
わたしはなぜだか、██ちゃんのかおをみたくなくて、走って家にかえった。
そしてすこしだけ、██ちゃんのことがにがてになった。
秋の風はぬるかった。
秋の空はぼんやり赤くて、日差しは冷たかった。陽の光を浴びていると指先が冷たくなってきたので、あわてて木陰に潜り込んだ。木の葉どうしのこすれる音がやけに静かでうるさかった。足元に落ちる影は、黄色と緑色でできたマーブル模様になっていた。
「にぎやかな夢だね」
ヤツはいつもそう言って笑っていた。自分でさえ変だと呆れていたこの“夢”を、一度も馬鹿にすることはなかった。
「……変だよ、おまえ」
不格好にカットされた梨をかじりながら呟いた。今日の梨は少し固くて、あまり甘くなかった。なかなか味わえないこの食感が新鮮でおもしろい。いつも、ふやけはじめた梨ばかり食べていたから。
ひどいな、なんて眉を下げて笑う顔になぜだか腹が立って、梨をひと欠片、その口に放り込んだ。なにするんだよと文句が飛んできたが、知らん顔で外の景色に視線を移した。
やわらかく吹き込んでくるのは、秋の風。
秋の風は、少しだけ冷たかった。
空は天まで高く青々としていて、差し込む日差しはあたたかい。木陰は爽やかな黒色で、木の葉の音はまるで子守唄のようなやさしさがあった。
その情景から目を逸らし、またひとつ、梨をかじった。