〇月✕日 くもり
こうえんのすみっこで子ねこをみつけた。ダンボールに入っていた。まっくろなねこだったから、わたしとおそろい。
家にかえってそのことを言うと、うちではかえないよって言われた。
子ねこがかぜをひくとわるいから、こうえんに行って、ダンボールの中にタオルを二まいしいてあげた。
〇月△日 はれ
子ねこはきょうもダンボールにいた。
ちいさなこえですこしだけニャーってないた。おなかがすいてるのかもしれない。
こうえんのすいどうから、りょう手で水をもって子ねこにあげた。水はすぐにこぼれちゃうから、なんかいも行ったりきたりした。
つかれたけど、子ねこがうれしそうだったからよかった。
〇月〇日 あめ
きょうのあさ、子ねこのところにいった。
子ねこはいなかった。
ダンボールもなかったから、たぶん、だれかがひろったんだとおもう。ちょっとかなしかったけど、こうえんはさむかったから、ひろわれてよかったねっておもうことにした。
またあいたいな。
△月✕日 はれ
となりのクラスの██ちゃんが、ねこをかっているらしい。
すてねこだったんだってみんなに言ってた。こうえんでひろったんだって。まっくろなねこだから、クロってなまえにしたみたい。
ねこをみたいみんなは、がっこうがおわってから██ちゃんの家にあそびに行くんだって。
わたしはなぜだか、██ちゃんのかおをみたくなくて、走って家にかえった。
そしてすこしだけ、██ちゃんのことがにがてになった。
秋の風はぬるかった。
秋の空はぼんやり赤くて、日差しは冷たかった。陽の光を浴びていると指先が冷たくなってきたので、あわてて木陰に潜り込んだ。木の葉どうしのこすれる音がやけに静かでうるさかった。足元に落ちる影は、黄色と緑色でできたマーブル模様になっていた。
「にぎやかな夢だね」
ヤツはいつもそう言って笑っていた。自分でさえ変だと呆れていたこの“夢”を、一度も馬鹿にすることはなかった。
「……変だよ、おまえ」
不格好にカットされた梨をかじりながら呟いた。今日の梨は少し固くて、あまり甘くなかった。なかなか味わえないこの食感が新鮮でおもしろい。いつも、ふやけはじめた梨ばかり食べていたから。
ひどいな、なんて眉を下げて笑う顔になぜだか腹が立って、梨をひと欠片、その口に放り込んだ。なにするんだよと文句が飛んできたが、知らん顔で外の景色に視線を移した。
やわらかく吹き込んでくるのは、秋の風。
秋の風は、少しだけ冷たかった。
空は天まで高く青々としていて、差し込む日差しはあたたかい。木陰は爽やかな黒色で、木の葉の音はまるで子守唄のようなやさしさがあった。
その情景から目を逸らし、またひとつ、梨をかじった。
言うはずじゃなかった。言わないでおきたかった。言ったってどうにもならないことを分かっていた。
でも、口を塞ぐ前に、言葉が飛び出していた。
「——……」
最初で最後の、僕からきみへのわがままだった。
見事な秋晴れだった。
いつも眠っているあいつが久々に目を覚まして「外に出たい」なんて言うものだから、青々とした空の下、二人で敷地内を歩いて回った。
暖かい陽気と心地よい風に包まれて、なんとも穏やかな時間だった。あまりにも気持ちの良い空だったから、あいつがまた眠ってしまわないかと不安になって、何回もその横顔を伺った。
「見すぎ」
そう言って笑った顔が、幼い頃の面影と重なった。ああ、ちゃんと成長してるんだな。なんて、ジジくさいことを思ってしまってちょっと恥ずかしい。誤魔化すように、わざと大きく咳払いをした。
明日も晴れたらいいね。そう言うと、あいつは少しきょとんとして、それから静かに微笑んだ。そうして空を見つめて、言葉少なに肯定した。
青空には白い筋がひとつ、長く長く横たわっていた。
この病室からは、町の明かりがよく見える。
海と山に囲まれた町の、山の中腹に隔離されたサナトリウム。それは、小さな町全体を見下ろすようにして建っている。
記憶が正しければ、あの辺には従兄弟の家があるし、あそこには滑り台とブランコしかない小さな公園があるはず。それから、ひときわ明るいあれは、きっと町役場。遅くまでお勤めご苦労様です、と心の中でひとりごちる。
いつもと同じ夜景。代わり映えのない景色。
それが退屈だなあなんて思えるくらいに、いつの間にか自分は成長していた。そのことに、喜びと、少しの寂しさをおぼえる夜だった。