高校三年間、一人暮らしをする為に居酒屋でアルバイトを頑張りました。
実家暮らしなので家賃も光熱費も親が払います。
だから給料は全部私の通帳に入ります。
給料日を迎える度に増えていく残高。見る度に顔がにやけてしまう。
時給が三桁とはいえ、三年も働けばそれなりの額になりますからね。
そして無事高校を卒業した私は居酒屋で正社員になる道を勧められましたが断って、予定通り一人暮らしを始めました。
次のアルバイトが決まるまでの間はのんびりしよう。
求人雑誌をぱらぱらと捲りながら家具を揃えて、趣味を揃えて、私はのんびりと過ごします。
アルバイトをして趣味に勤しんで、遂に彼氏が出来ました。
そんなもう一つの物語を考えるのです。
何度も何度も考えるのです。
#48 もう一つの物語
「あ」
風船が飛んでいる。空高く飛んでいる。
きっと誰かがうっかり手を離しちゃったんだ。真っ赤な色の風船。
あの風船は何処に行くのかな。何処まで高く飛ぶのかな。
私のこのもやもやも全部持っていってくれればいいのに。
いつからだっけ。もやもやの正体が分からなくて気持ち悪いの。
考えたって分からないからいい加減手放したい。
「ああ風船が」
声のする方に視線を向けると同じ学校の男の子がいた。
男の子も私と同じ風船を見てる。
こんなところでひとりでなにしてるんだろう。
なんて私も人のこと言えないけど。
男の子は私に気付かないまま反対方向に行っちゃった。
またひとつもやもやが増えた私は踵を返して歩きはじめた。
#47 高く高く
私は毎朝、テレビで星座占いを見る。
「射手座の貴方は十二位!」
射手座の私は落胆する。
こんな日は一日中気分が暗くなるし、ラッキーアイテムを持ってない日は更に大きな溜息を吐く。
今日のラッキーアイテムはノートパソコン。
わざわざ今日の為だけにノートパソコンが買える程、私の財布は潤ってはいないのだ。
「はぁ」
また溜息だ。これでもう五回目。
「なに溜息吐いてんの?」
背後から声がした。
こいつは高校で同じクラスの男子。私の友達。
「あ、分かった。今日の占い、最下位だったんだ」
「ノートパソコン」
「は?」
「今日のラッキーアイテム。ノートパソコン」
「そんな洒落たアイテム、俺が持ってるわけないじゃん」
でしょうね。
私は本日六回目の溜息を吐く。
「もう駄目だ、人生終わった」
「占い如きで人生終わっちゃ困るよ」
「だって、自分のモチベ上げる方法なんて、占いくらいしか思い付かないし」
「いやもっと他にあるでしょ。趣味とか好きな人とかさ」
「そんなのないよ。何もないから占いに頼るしかないんじゃん」
毎日なんの変化もない、楽しい事など微塵もない。
今しかない十代なのに、過ぎた時間は元には戻らないのに。
私には何もない。それが焦る。
いいじゃん別に、占いなんて気軽なものでしょう。
こんなのでその日一日のモチベが上がるならいくらだって信じるでしょう。
「じゃあこうしようよ」
「え?」
「俺ときみが付き合うの」
「えっと、なんで?」
「彼氏が居れば、毎日モチベ上がるかもよ」
「モチベの為に付き合うの?」
「彼氏が俺だとモチベ下がる?」
彼氏、彼氏か。
それは考えた事なかったな。
「……ううん」
ラッキーアイテムは万年彼氏。
うん、それも悪くない。
#46 星座
きっと明日も何も変わらない。今日と何も変わらない。
そう思っていたら違ったんだ。
真っ暗な道を歩いていたら、知らない人に包丁で肩を刺されたの。
相手は私より歳上のおばさんだった。
私はこのまま包丁を相手に戻しては駄目だと思い、自分の肩に刺さった包丁を取られないように押さえてた。
引っ張る力とそれを拒絶する力。相手が男なら勝ち目はないが、女ならまだ可能性はある。
痛いよ、痛いに決まってる。それでもまた相手の手に渡って私の体内にある血が外に出てしまうよりも、ありとあらゆる箇所を何度も刺されるよりも百倍マシ。だってそうしないと私が確実に死んじゃうから。
私は重たい買い物袋を持っていたので、それを道路を走る車に向かってぶん投げた。
一か八かの賭けだった。当たらなければ意味がない。
結果、ベコンという音がした。一か八かは当たったのだ。
当然何事かと車から人が降りてくる。相手は私を刺すのを諦めて一目散に逃げていく。
「ごめんなさい……車は後で弁償するので、警察と救急車を呼んでください……」
あの日以来、私は明日がくるのを奇跡だと感じるようになった。
#45 きっと明日も
今日から日記を書くことにした。日付と曜日と今日の日記。まずはなにから書こうかな。いつかのために自己紹介からはじめようか。
僕の名前は何々。兄弟姉妹はいなくて、普段は何をしている。
自己紹介はこんなところか。彼女はいないから、私が僕の彼女よと言って近付いてくる女は嘘つきだ。
この日記は僕の記録。僕の毎日の体温と、僕の毎日を書いていく。いつかくるかもしれない日のために、この日記をみればすべて思い出せるように、僕の毎日の体温と、僕の毎日を書いていく。
こうして僕は日記を書き続けた。一日たりとも忘れることなく書き続けた。
これでもしも記憶喪失になっても安心だ。いつかくるかもしれないその日のために、僕は日記を書き続けた。
あれから十数年後。
その日記が役に立つ日はこないまま、僕は二度と日記を書けなくなった。
#44 閉ざされた日記