私は毎朝、テレビで星座占いを見る。
「射手座の貴方は十二位!」
射手座の私は落胆する。
こんな日は一日中気分が暗くなるし、ラッキーアイテムを持ってない日は更に大きな溜息を吐く。
今日のラッキーアイテムはノートパソコン。
わざわざ今日の為だけにノートパソコンが買える程、私の財布は潤ってはいないのだ。
「はぁ」
また溜息だ。これでもう五回目。
「なに溜息吐いてんの?」
背後から声がした。
こいつは高校で同じクラスの男子。私の友達。
「あ、分かった。今日の占い、最下位だったんだ」
「ノートパソコン」
「は?」
「今日のラッキーアイテム。ノートパソコン」
「そんな洒落たアイテム、俺が持ってるわけないじゃん」
でしょうね。
私は本日六回目の溜息を吐く。
「もう駄目だ、人生終わった」
「占い如きで人生終わっちゃ困るよ」
「だって、自分のモチベ上げる方法なんて、占いくらいしか思い付かないし」
「いやもっと他にあるでしょ。趣味とか好きな人とかさ」
「そんなのないよ。何もないから占いに頼るしかないんじゃん」
毎日なんの変化もない、楽しい事など微塵もない。
今しかない十代なのに、過ぎた時間は元には戻らないのに。
私には何もない。それが焦る。
いいじゃん別に、占いなんて気軽なものでしょう。
こんなのでその日一日のモチベが上がるならいくらだって信じるでしょう。
「じゃあこうしようよ」
「え?」
「俺ときみが付き合うの」
「えっと、なんで?」
「彼氏が居れば、毎日モチベ上がるかもよ」
「モチベの為に付き合うの?」
「彼氏が俺だとモチベ下がる?」
彼氏、彼氏か。
それは考えた事なかったな。
「……ううん」
ラッキーアイテムは万年彼氏。
うん、それも悪くない。
#46 星座
きっと明日も何も変わらない。今日と何も変わらない。
そう思っていたら違ったんだ。
真っ暗な道を歩いていたら、知らない人に包丁で肩を刺されたの。
相手は私より歳上のおばさんだった。
私はこのまま包丁を相手に戻しては駄目だと思い、自分の肩に刺さった包丁を取られないように押さえてた。
引っ張る力とそれを拒絶する力。相手が男なら勝ち目はないが、女ならまだ可能性はある。
痛いよ、痛いに決まってる。それでもまた相手の手に渡って私の体内にある血が外に出てしまうよりも、ありとあらゆる箇所を何度も刺されるよりも百倍マシ。だってそうしないと私が確実に死んじゃうから。
私は重たい買い物袋を持っていたので、それを道路を走る車に向かってぶん投げた。
一か八かの賭けだった。当たらなければ意味がない。
結果、ベコンという音がした。一か八かは当たったのだ。
当然何事かと車から人が降りてくる。相手は私を刺すのを諦めて一目散に逃げていく。
「ごめんなさい……車は後で弁償するので、警察と救急車を呼んでください……」
あの日以来、私は明日がくるのを奇跡だと感じるようになった。
#45 きっと明日も
今日から日記を書くことにした。日付と曜日と今日の日記。まずはなにから書こうかな。いつかのために自己紹介からはじめようか。
僕の名前は何々。兄弟姉妹はいなくて、普段は何をしている。
自己紹介はこんなところか。彼女はいないから、私が僕の彼女よと言って近付いてくる女は嘘つきだ。
この日記は僕の記録。僕の毎日の体温と、僕の毎日を書いていく。いつかくるかもしれない日のために、この日記をみればすべて思い出せるように、僕の毎日の体温と、僕の毎日を書いていく。
こうして僕は日記を書き続けた。一日たりとも忘れることなく書き続けた。
これでもしも記憶喪失になっても安心だ。いつかくるかもしれないその日のために、僕は日記を書き続けた。
あれから十数年後。
その日記が役に立つ日はこないまま、僕は二度と日記を書けなくなった。
#44 閉ざされた日記
『明日の東京都の最高気温は、マイナス18℃を予想しています。各自、外に出ないようお願いします』
異常気象。いくら師走とはいえ、マイナス18℃は寒すぎる。
明日は吹雪になるそうだ。去年はこんなことなかったのに。
「戸締りはしっかりして、明日の分のご飯はいまのうちに買っておこう。明後日には晴れるはずだから……あ、念の為にお水も買っておこうかな。非常食になりそうなものもいくつか買っておこう」
重たい買い物袋を持って家に帰ると、室内なのに吐く息が白かった。
此処もきっと寒いんだ。
買ったものを片付けて、すぐにお風呂に入る。
温かい。生き返る。
肩まで浸かって数を数えた。この瞬間が至福の時だ。
ふかふかのバスタオルで濡れた身体を拭いて、下着を付けてパジャマを着る。
ふと、買ったはいいものの着ていないセーターがあることを思い出した。
普段は選ばない赤色のセーター。もこもこすぎて、なんとなく着るのを躊躇っていた。
でも。
「明日くらいは着てもいいかな」
誰に見せるわけでもないし、このまま着ないのは勿体ない。
買った時はセーターを服の上から当ててみただけだけど、似合うといいな。
異常気象。退屈な日常の中に、ちょっとした楽しみが出来た瞬間だった。
#43 セーター
「愛言葉を言いなさい」
「合言葉?」
「ちがう。愛言葉」
「合言葉なんて決めたっけ」
「ちがう。愛言葉」
「山と言ったら川みたいな」
「それは合言葉」
「うん。だから合言葉でしょ?」
「ちがう。愛言葉」
「んもうー。合言葉ってなんだよう」
「え、本当にわかんないの?」
「うん」
「私に愛してるって言いなさいよばか」
「え、あ、ああー。合言葉じゃなくて愛言葉か」
「言いなさいよばか」
「愛してるよ」
「きゃ」
#42 愛言葉