真鶴。🐰

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「僕達、前世で会ったことあるんじゃないかな」
「はい?」

それはなんの前触れもなく訪れた。会社の先輩とのランチの時間だった。
今まで何度かこうして一緒にランチをすることはあったけど、それはたまたまタイミングが合っただけで、勿論私から誘ったわけではない。私が食堂にいるのをみつけると、必ずといっていいほど先輩が私と同席したがるのだ。
入社当時にお世話になったこともあり、敢えて邪険にする必要性も感じないので断る理由もないのだけれど、こうも懐かれるとは。

「先輩って前世とか信じるタイプなんですね」
「信じてないけど、なんとなくそんな気がするんだよね」

はぁ、と私は興味なさげに(というよりも、本当に興味がない)返事をした。

「運命とか、神様とか、ああいう類いの形ないものって、人間がただたんに暇だったから適当にでっちあげたんだと思うんだよ。思うんだけど、なんだろな。なんか、お前とはそんな気がしてならないんだ」

そんな気がしてならないんだと言われても、私にはまったくそんな気なんてしないし、過去にどこかで会った覚えもない。
話のきっかけがほしいだけならば、前世でうんぬんなんて話じゃなくたっていいはずだ。
ならばどうして。
私は考えた。考えたってわからないことだけど。

「ていうか先輩、私の名前知らないんですか」
「え?」
「私はお前なんて名前じゃないんですけど。ていうか、仮にも私と前世で会ったことあるんじゃないかなとか言ってるくせに、私が覚えていないだけで、本当はなにかしら関係があるかもしれないのに、お前とか言っちゃうんですね。私と先輩って、前世でどれほど近しい間柄だったんでしょうね」

嫌味だった。
家族でもない人にお前なんて言われたくない。
いくら会社の先輩でも、いくらお世話になった人でも。
私の嫌味に先輩が怖気付いて、ごめんとひとこと謝ってくれればよかった。
それなのにどうして先輩の頬は赤く染まっているの。

「そう、思うかぁ?」
「はい?」
「例えば家族、例えば兄妹、例えば親友、例えば恋人、例えば夫婦。僕達はいったいどんな関係だったんだろうな」

こいつは馬鹿なんだろうか。
私が聞きたかったのはそこじゃないんだよ。前世うんぬんを抜きにしたって、上司と部下……とまではいかなくとも、先輩と後輩なんだからお前呼ばわりはないだろう。
謝れ阿呆。
私は私にしか聞こえない声で(脳内で)ボロクソに言ってやった。
そんなこととは露知らず、先輩はまだ己の妄想に花を咲かす。

「子供とかいたんかな。男か、女か……何人家族で、ああいや、仮に子供がいなくてもいい。お前と夜な夜なこたつでテレビをみながら他愛もない会話をするだけで僕は」

きもい……。
私と先輩以外にも人はいるのになに勝手に盛り上がってんだ。
止めた方がいいのか。止めないとやばいか。
ざわざわ、心の奥底が動揺する。

「あ、あの、先輩」
「なぁ、僕達は何度愛を誓い合ったんだろうな。生まれ変わっても出会ってしまうくらいだから、相当愛し合っていたんだろうよ」
「や、やめてください」
「どこでどんなふうに知り合って、どちらから告白して、どんなふうに告白して、どんな付き合い方をして、どんな……どんな……」
「き、きもちわるいんでやめてください!」

あんなにざわめいていた食堂が、一瞬で静まり返る。
その中心には立ち上がりごみをみるような瞳で先輩を睨みつける私と、なぜ私が声を荒らげたのかいちみりも理解してない先輩がいた。


#50 心のざわめき

3/16/2025, 11:36:31 AM