案山子のあぶく

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4/11/2025, 11:36:12 AM

◎君と僕
#65

君と僕は同じ。
体も心も思考も全てが同じ。

平行世界から迷い込んだ僕は
君と同一人物だ。

そんな僕らのたった一つの違い。
それは、君がとても幸せだということ。
僕が"元の世界"で息を止めたということ。

魂だけになるとこうやって
生きている自分がいる並行世界にとぶことがあるんだとか、自称死神が言っていた。

その死神曰く、とばされた魂と
その漂着地点になった同一人物は同時に
狩る決まりらしい。

僕が死んだばかりに狩られる君。
巻き込んで、ごめんね。
幸せの只中で死に攫われる人たちも
僕みたいな魂がとんできてしまっていた
のかな。

そんなことを考えている間に、
死神が大きな鎌を振りかぶる。
切っ先が迫る中、君がこちらを見て
微笑んだ気がした。

───────
「僕ら、また、この世に生まれようね」
『そしたら僕も幸せになれる?』
「きっと」
『……君も、幸せでいてね』
「……うん、一緒に幸せに生きてやろう」

4/9/2025, 12:04:25 PM

◎元気かな
#64

「どこダ……何処いっタ……」
「……」

今日も今日とてしつこい輩を撒き、
ビルの屋上に立って眼下の街を見下ろす。
夜の権力者による"狩り"が続く街中からは
断末魔の叫びが聞こえてきた。

最早、日常と化した地獄を見つめながら
薄汚れたコートの内からライターを取り出し、しわくちゃになった煙草に火をつける。
喧騒の中に混じる死のにおいと紫煙を
深く吸って味わった。

ドブネズミのように逃げ隠れする日々で、
これだけが唯一の楽しみだ。

「明日はどこで食いもん探すかね……。
──誰だ」

微かな物音を拾い、警戒態勢をとる。

「待って待って!俺も人間だ!」

物陰から現れた先客は疲れた笑顔を
こちらに向けた。

「あはは、えーーと、元気?俺は、うん、見てのとおり疲れてる」
「アンタの縄張りだったのか、邪魔したな」
「あーーっ待って!久々に生きてる人間に会えたんだ。ゆっくりしていってくれよ」

男は右足をさすって苦笑した。
どうやら怪我をしているらしい。

「アンタ、運が良いな。その足で生き残ってるとは余程の豪運だ」
「まる2日は動けてないんだ。奴らに見つからなくて本当にラッキーだったよ」

いつ見つかるか知れない恐怖に耐えていた男は顔色が良くない。
今にも倒れてしまいそうだった。

「今夜は共にいてくれないか、煙草くん」
「良いぜ、おっさん。袖触れ合うも他生の縁っていうしな」

4/6/2025, 12:43:01 AM

◎好きだよ
#63

「てるちゃんっていつも絵を描いてるよね」
「そうだねぇ、趣味としては好きなんだよねー」

机の横に張り付いて、
紙に向き合うてるちゃんをじっと眺める。
絵のことはよくわからないけど、
てるちゃんの描く絵は好きだ。

模様がくるくる渦巻いて
中心にいるキャラクターを装飾していく、
その過程もずっと見ていられる。

ただの線がいつの間にか形を持つ様子が
面白くて、てるちゃんの机の横が僕の
定位置になっていた。

「好きだなぁ」
「そう?なら、あげようか?」
「え、いいの?やった!」

僕も絵、描いてみようかな。

4/4/2025, 1:58:35 PM

◎桜
#62

花弁を巻き上げて遊ぶ風の背を撫でて
どこから来たかを問えばくすくす笑われ
髪を弄ばれた。

やり返そうにも手は空を切る。
そうやってひとり、風と戯れていると
いつしか満開の桜の古木に行き着いた。

風はいつの間にやら去っていた。
苔むした幹に手を当てて耳をすませば
か細い声が微かに届いた。

──時が、きた

驚いて体を引き離すと、
風もないのに花弁が一斉に吹き飛び
びいどろのようにしゃらしゃらと煌めいて辺りに舞い落ちた。

花弁の嵐の中、
古木は跡形もなく消えていた。

4/3/2025, 10:45:23 AM

◎君と
#61

君に手を伸ばす。
君の喉に手をかける。

僕は君で、君は僕。
顔が同じ僕ら。
魂までも同じ。

君の喜びは僕の喜び。
君の怒りは僕の怒り。
君の哀しみは僕の哀しみ。
君の楽しみは僕の楽しみ。

だから、
君の罪も僕の罪にしよう。

おやすみ。良い夢を。

僕が、君の悪夢と苦しみを奪うから。
僕が、君と君の罪を背負って生きるから。

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