案山子のあぶく

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10/12/2024, 10:01:22 AM

◎カーテン
#33

空を見上げると日光が分厚い雲の隙間から差し込むのが見えた。
カーテンのようにも見えるが、

「天使の通り道だ」

小さく呟いた言葉に、弁当をかきこんでいた手を止めてケイは目を細めた。

「此処に降りてきたのか、天使様」

今日の最高気温は何度だったろうか。
猛暑日だったかもしれない。

10/7/2024, 2:54:29 PM

◎力を込めて
#32

大切にしていたい。

そんな執着が手元を狂わせる。
いつもなら直ぐに組み伏せてしまえるというのに、その手はただ空を切っていた。

ひらり。
すり抜けるあの子。

この手の中にあの子が収まった瞬間。
幸せが終わる。

この手は普段と同じように動き、花のような命を手折るだろう。

終わりたくなどない。

だのに、追いかけて捕まえてしまった。
両の手が正確に白く細い急所に掛かる。
もう少しでも力を込めればぽきりと折れてしまうだろう。

そんな命の瀬戸際で愛しい獲物ははにかんだ。

何を迷う。手に入るのだよ。
キミがずっと欲しがっていたものだろう。
今更怖気づいたなど言うまいな。

暗く、黒く。全てを飲み込むが如く。
光の立ち入りを拒む瞳の輝きが細められた。

惹かれる、引き込まれる。
月が宿ったその瞳から目を離せずに、指がその細首へと食い込んだ。

その月が欲しくて堪らなかったのだ。
ずっと昔から魅せられていたのだ。

瞳が閉じられる。
そこから流れ出た雫を口に含んだ。

9/22/2024, 10:41:19 AM

◎声が聞こえる
#31

目を閉じる。

少し遠くで車が走る音や烏の鳴き声が聞こえてくる。

決して賑やかではないお気に入りの場所で静けさを楽しもうと、私は耳をすませていた。

「姉ちゃん」

妹の声が聞こえた。
もう出発の時間になったのか。
いつもより奥まった場所に居るから探しているのかもしれないと思って、少しだけ声を張り上げた。

「はい、はぁい」

日常から切り離された静けさが少し名残惜しいが、また半年後に来るので躊躇うことなくその場を離れた。


「あれ?姉ちゃん、もう戻って来たんだ」

妹は車内で音楽を楽しんでいるところのようだった。

「“もう”って。さっき呼びに来たでしょ」

妹は不思議そうな顔をした。

「私、しばらく此処から動いてないよ」
「え……」


曼珠沙華と柴(しば)の葉が
ゆらりと揺れていた。

9/8/2024, 11:55:45 AM

◎胸の鼓動
#30

あのヒトの駆動音は重厚で、
集中して聞けば奥の奥のところで
少し軋むような、液体を運ぶような、
高くて低い音がする。

「奥から、心臓の音がする」

そう言うと、
あのヒトは表情を変えることなく

「私には心臓はありません。人間のそれと同等の働きをするポンプと歯車が音を立てているだけです」

と、生真面目に答えるのだ。

「そうかも知れないけれど、それらはアナタの中で心臓のように動くのでしょう?」
「私の部品は代替可能です。しかし、人間の心臓は“簡単には交換出来ないもの”であると記録しています」

そう言って自身の手を見つめて押し黙る。

機械なのに、昔を、
何処かの誰かの心臓を止めた記憶を思い出して、少しだけ表情を変えるあのヒトはまるで人間のよう。

「ならアナタがボクの心臓だね」
「人間の心臓は臓器です。もし機械で代替するとして、私は心臓になり得ません」

頑固な頭だ。
そういう所も良いんだけど。

「いつかアナタにも解るときが来るよ」
「……そうでしょうか」
「そうだよ」

その時には私がアナタの心臓になれたら…
それはとても幸せなこと。

9/1/2024, 4:05:59 AM

◎不完全な僕
#29

新月の夜。
青年の体はカタチを失いそうになっていた。

体が安定しない。
細部は特に、意識しないと不定形に戻ってしまいそうだ。

その腹部に深々と刺さるナイフが青年の意識を削り取っていく。

人として生きたかった。

そう願ったら、気まぐれな神がカタチを与えてくれた。

楽しかった。

皆とつるんで、助けあって、笑いあって、泣いて……

この子を庇って死ぬことに後悔なんて無い。

こんな僕を受け入れてくれた人に恩返しを出来て嬉しいくらいだ。

だけれど、
この体のうちは”人”でいたいから、
不格好でも不完全でも、体を必死に保つ。

人として認めてくれて、
一緒に生きてくれてありがとう。

つぅと青い液体が口から垂れる。
それは地面を染め、青年の正面に立つ連続殺人犯の足元に拡がった。

「赤、赤か……ははっ」

背後に庇った少女から見えない角度で、
口元を人外らしく歪めて青年は笑った。

「いつか、また……ここに──」

青年がその形を失っていくなかで、
頬を伝った液体と腹部から流れるその血が、彼が人間であったことの僅かな名残を示していた。

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