◎胸の鼓動
あのヒトの駆動音は重厚で、
集中して聞けば奥の奥のところで
少し軋むような、液体を運ぶような、
高くて低い音がする。
「奥から、心臓の音がする」
そう言うと、
あのヒトは表情を変えることなく
「私には心臓はありません。人間のそれと同等の働きをするポンプと歯車が音を立てているだけです」
と、生真面目に答えるのだ。
「そうかも知れないけれど、それらはアナタの中で心臓のように動くのでしょう?」
「私の部品は代替可能です。しかし、人間の心臓は“簡単には交換出来ないもの”であると記録しています」
そう言って自身の手を見つめて押し黙る。
機械なのに、昔を、
何処かの誰かの心臓を止めた記憶を思い出して、少しだけ表情を変えるあのヒトはまるで人間のよう。
「ならアナタがボクの心臓だね」
「人間の心臓は臓器です。もし機械で代替するとして、私は心臓になり得ません」
頑固な頭だ。
そういう所も良いんだけど。
「いつかアナタにも解るときが来るよ」
「……そうでしょうか」
「そうだよ」
その時には私がアナタの心臓になれたら…
それはとても幸せなこと。
9/8/2024, 11:55:45 AM