◎いつまでも捨てられないもの
#24
あっ、懐かしーー!
そうそうこれ、俺が幼稚園の運動会で初めて1位取ったときのメダルなんだよなー!
おっ、そっちのは高校の体育祭のリレーで撮られた写真だな!
ははっ、やっべー!ひでえ顔w
白目むいてんじゃんwww
んん?こんなのあったっけか?
あっメモ貼ってる……
へぇー、クラスの皆で編んだミサンガ……
手紙もある……
……あーコレ、
俺が居なかったときのやつか
『早く戻って来い イサム』
『また一緒に走ろうぜ タイチ』
『クラスが静かだからかなり過ごしやすいけど、つまらない。早くいつもみたく騒いでよ。また叱ってあげる。 マキ』
『骨折ったくらいで入院、長すぎでしょ。悪い子だなぁ。 カレン』
・
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・
・
あー……駄目だこれ
目が見えん……
うわ、泣くなよ、母さん!
あーあー……
捨てちまえば楽だろうにさ
十年以上前だぜ?
そろそろ忘れて生きてくれよ
俺もまだ忘れられたくないけど、
泣かれるほうがもっと嫌だよ
まーた、
そうやって後生大事にとっておいて……
苦しいのは母さんだろ……
──いつまで捨ててもらえないんだろうな
◎誇らしさ
#23
今年10歳になる少女は今、
誇らしさに満ち満ちていた。
なぜなら少女の額に、
同年代の子たちの中では一番早くに
小さな”つの”が浮き出てきたからだ。
産まれた時からある額のこぶが尖り始めて
”つの”になると、先端に色がつく。
その色によって使える妖術の種類が決まるため、里の皆で宴を催してその瞬間を待つのだ。
綺麗な服に身を包み、宴の準備の様子を友達と一緒に見てまわる。
蛙の姿焼き、干しザクロ、
イワシの味噌漬け、ぶどうの酒煮……など
御馳走が作られていく。
鬼灯の中に火の玉を入れて、辺りが明るく照らされていく。
太鼓の音が鳴ったら始まりの合図だ。
───がさり
藪の中で何かが動いた。
「誰かいるの?」
声をかけると少女より少し体の大きな男の子が顔を出した。
何故かその顔に違和感を感じてじっと凝視する。
「あっ!」
男の子には”つの”が無かった。
こぶも無かった。
男の子は少し恥ずかしそうに、持っていた包みを差し出した。
「これ、山の向こうの、俺の村からの
お祝い、です。おめでとうございます」
頑張って練習してきたであろう敬語はたどたどしくて、少し面白かった。
「ありがとう」
少女が包みを受け取ると男の子は踵を返そうとした。
「あ、まって!」
少女は着物の裾を掴んで男の子を引き留めた。
「折角来てくれたんだから、一緒に御馳走を食べようよ」
「で、でも、鬼人様。それは、ぶ、ぶ……無礼ではないのか……ですか?」
「誘いを断るほうが無礼じゃない?」
そう言って笑うと男の子もつられて笑顔になった。
少女は裾から手を離し、今度は男の子の手をしっかり握る。
「人間の子どもでも食べれるものを用意してもらうわ。だって、今日は私が主役だもの!」
「……へへっ、やったあ……です」
頬を鬼灯に赤く照らされながら
二人は歩きだした。
数年後、
桜舞う頃に
鬼人の里から山向こうの村まで
賑やかな花嫁行列ができるのは
また別のお話。
◎心の健康
#22
綺麗なものとか、
美味しいものとか、
好きな音楽とか、
心の健康を保つのに有用な事物は沢山ある。
帰郷も良いよね。
一年に一度、
お盆のときはいろんな人が
それぞれもと居た場所へ帰って
親、祖父母へ顔を見せる。
有限で長い時間の中で心の健康を保つのは
大変だけど、
保つ為の健康療法は
楽しいと思えるんだよね。
◎終点
#21
───終点は師走、終点は師走
一年間の終わりを冠する駅が近づいてくる。
自分以外のヒトが居ない車両に響く放送案内とカタンカタンという音を聞きながら、女は窓の外を見やった。
夕焼け色に染まった空の下、
田んぼのあぜ道に小さな人影を2つ見つける。
2つの影はこちらに手を振って、
電柱の残像と共に掻き消えた。
一方通行の電車は一年と生涯を共に運ぶ。
この道のりを通るとき、人影が少ないことが平和な時代の証だと女は思うのだ。
ただ、時々。
女以外の者が迷い込んで乗ることがある。
三途の川を渡るためのこの電車で、
終点である師走まで来てしまったら二度と戻ることはできない。
だから、女は帰りの道をこっそり作った。
そこで降りれば無事に家に帰ることができる。
もとの時間へ戻れる最後の駅の名は
『きさらぎ駅』という。
◎上手くいかなくたっていい
#20
むごい。
ひと言で言い表すならこれ以上の表現は不可能だと思うほどの光景が眼前に広がる。ヒトだったであろう肉片が建物の下敷きになっているのが見える。
その元凶である巨大な人物は、
まるで玩具で遊ぶようにビルを掴み、破壊行動を繰り返していた。
「無理だよ」
俺の腕を掴む相棒の手が震えている。
「勝てるわけが無いよ」
声も体も震わせて、懸命に俺を引き留めようとする。
「逃げたって、皆……誰も責めないよ。
”皆”はもう──」
いつもと違い及び腰の相棒に苛ついて、
俺は振り返って相棒と額を突き合わせた。
「お前がまだ残ってるだろうがよ」
そう言うと、ハッとして相棒の言葉が止まる。
最後まで付いてきてくれた相棒に苦しそうな顔をさせた自分を恨みながら、足りないてめえの頭をフル回転させて言葉を繋ぐ。
「いつだって……よ」
俺のこの想いをちゃんと伝えられるように。
「お前と一緒にバカやって、笑って、喧嘩して……」
あぁ、こういうのは俺の得意じゃないんだよ。
どっちかっていうとあのガリ勉メガネ野郎の分野だってのに、アイツいつの間にやらいなくなりやがって。
「楽しかったんだ。
お前らの笑顔が、好きだったんだ」
相棒の目から涙がつたう。
「だから、これは俺の独りよがりな八つ当たりだ」
だから、上手くいかなくたっていい。
俺たちの日常を壊したあの図体のでかい野郎に一矢報いたい。
「お前のこと守ってやるなんて言えねえ。それでも……」
俺の気持ちは変わらねえ。
「わかった」
相棒は俺の顔に手を添えた。
「自分も付いていく」
その顔はもう泣いていなかった。
俺が好きな顔だった。
「ははっそれでこそ、俺の相棒だ」
俺たちはまっすぐに
終わりゆく世界を駆け抜ける。
迫りくる時の大逆流〈さかしま〉の音に
気づかないふりをしながら。