◎誇らしさ
#23
今年10歳になる少女は今、
誇らしさに満ち満ちていた。
なぜなら少女の額に、
同年代の子たちの中では一番早くに
小さな”つの”が浮き出てきたからだ。
産まれた時からある額のこぶが尖り始めて
”つの”になると、先端に色がつく。
その色によって使える妖術の種類が決まるため、里の皆で宴を催してその瞬間を待つのだ。
綺麗な服に身を包み、宴の準備の様子を友達と一緒に見てまわる。
蛙の姿焼き、干しザクロ、
イワシの味噌漬け、ぶどうの酒煮……など
御馳走が作られていく。
鬼灯の中に火の玉を入れて、辺りが明るく照らされていく。
太鼓の音が鳴ったら始まりの合図だ。
───がさり
藪の中で何かが動いた。
「誰かいるの?」
声をかけると少女より少し体の大きな男の子が顔を出した。
何故かその顔に違和感を感じてじっと凝視する。
「あっ!」
男の子には”つの”が無かった。
こぶも無かった。
男の子は少し恥ずかしそうに、持っていた包みを差し出した。
「これ、山の向こうの、俺の村からの
お祝い、です。おめでとうございます」
頑張って練習してきたであろう敬語はたどたどしくて、少し面白かった。
「ありがとう」
少女が包みを受け取ると男の子は踵を返そうとした。
「あ、まって!」
少女は着物の裾を掴んで男の子を引き留めた。
「折角来てくれたんだから、一緒に御馳走を食べようよ」
「で、でも、鬼人様。それは、ぶ、ぶ……無礼ではないのか……ですか?」
「誘いを断るほうが無礼じゃない?」
そう言って笑うと男の子もつられて笑顔になった。
少女は裾から手を離し、今度は男の子の手をしっかり握る。
「人間の子どもでも食べれるものを用意してもらうわ。だって、今日は私が主役だもの!」
「……へへっ、やったあ……です」
頬を鬼灯に赤く照らされながら
二人は歩きだした。
数年後、
桜舞う頃に
鬼人の里から山向こうの村まで
賑やかな花嫁行列ができるのは
また別のお話。
◎心の健康
#22
綺麗なものとか、
美味しいものとか、
好きな音楽とか、
心の健康を保つのに有用な事物は沢山ある。
帰郷も良いよね。
一年に一度、
お盆のときはいろんな人が
それぞれもと居た場所へ帰って
親、祖父母へ顔を見せる。
有限で長い時間の中で心の健康を保つのは
大変だけど、
保つ為の健康療法は
楽しいと思えるんだよね。
◎終点
#21
───終点は師走、終点は師走
一年間の終わりを冠する駅が近づいてくる。
自分以外のヒトが居ない車両に響く放送案内とカタンカタンという音を聞きながら、女は窓の外を見やった。
夕焼け色に染まった空の下、
田んぼのあぜ道に小さな人影を2つ見つける。
2つの影はこちらに手を振って、
電柱の残像と共に掻き消えた。
一方通行の電車は一年と生涯を共に運ぶ。
この道のりを通るとき、人影が少ないことが平和な時代の証だと女は思うのだ。
ただ、時々。
女以外の者が迷い込んで乗ることがある。
三途の川を渡るためのこの電車で、
終点である師走まで来てしまったら二度と戻ることはできない。
だから、女は帰りの道をこっそり作った。
そこで降りれば無事に家に帰ることができる。
もとの時間へ戻れる最後の駅の名は
『きさらぎ駅』という。
◎上手くいかなくたっていい
#20
むごい。
ひと言で言い表すならこれ以上の表現は不可能だと思うほどの光景が眼前に広がる。ヒトだったであろう肉片が建物の下敷きになっているのが見える。
その元凶である巨大な人物は、
まるで玩具で遊ぶようにビルを掴み、破壊行動を繰り返していた。
「無理だよ」
俺の腕を掴む相棒の手が震えている。
「勝てるわけが無いよ」
声も体も震わせて、懸命に俺を引き留めようとする。
「逃げたって、皆……誰も責めないよ。
”皆”はもう──」
いつもと違い及び腰の相棒に苛ついて、
俺は振り返って相棒と額を突き合わせた。
「お前がまだ残ってるだろうがよ」
そう言うと、ハッとして相棒の言葉が止まる。
最後まで付いてきてくれた相棒に苦しそうな顔をさせた自分を恨みながら、足りないてめえの頭をフル回転させて言葉を繋ぐ。
「いつだって……よ」
俺のこの想いをちゃんと伝えられるように。
「お前と一緒にバカやって、笑って、喧嘩して……」
あぁ、こういうのは俺の得意じゃないんだよ。
どっちかっていうとあのガリ勉メガネ野郎の分野だってのに、アイツいつの間にやらいなくなりやがって。
「楽しかったんだ。
お前らの笑顔が、好きだったんだ」
相棒の目から涙がつたう。
「だから、これは俺の独りよがりな八つ当たりだ」
だから、上手くいかなくたっていい。
俺たちの日常を壊したあの図体のでかい野郎に一矢報いたい。
「お前のこと守ってやるなんて言えねえ。それでも……」
俺の気持ちは変わらねえ。
「わかった」
相棒は俺の顔に手を添えた。
「自分も付いていく」
その顔はもう泣いていなかった。
俺が好きな顔だった。
「ははっそれでこそ、俺の相棒だ」
俺たちはまっすぐに
終わりゆく世界を駆け抜ける。
迫りくる時の大逆流〈さかしま〉の音に
気づかないふりをしながら。
◎最初から決まってた
#19
双子を忌み嫌う風習は各地に根強く、
かくいう私が産まれた村にも双子の片割れを川に投げ込むという非人道的な伝統があった。
小さい頃、疑問に思って大人に聞いたことがある。
「なんで、あの子たちは離れ離れにならなきゃいけないの?」
決まって大人たちは私の頭を撫でて、こう言った。
「双子は二人とも生きてると人間になりきれないんだよ。だから片方を神様に返して代わりに恵みをいただくんだよ」
何度も聞かされた言葉だ。
いつしか私も疑問を持たなくなっていた。
死の際に立ってようやく、その純粋な疑問を思い出した。
何故、あの子たちは産まれてすぐに命の使い道を決められていたのか。
それは───
川の神に成り代わった
邪な竜蛇を鎮めるため。
一つの命を二分した存在である双子は、
人でありながら存在があやふやだ。
その特性を活かしてだましだまし竜蛇を鎮めてきたのだ。
だが、貢がれた半分の魂は着実に竜蛇へと蓄積されていた。
そしてとうとう騙された真実に気付いた竜蛇が、怒りを爆発させた。
いや、怒りを爆発させたのは今まで捧げられた片割れたちか。
川は水かさを増やし、うねり、人々へ襲い掛かった。
いつしかこうなることは先祖たちも分かっていただろう。
それでも、”今”のために”未来”を犠牲にしたのだろうか。
ならば、こうなることは最初から決まっていたというのか。
悔しく思いながら、
私の意識は闇へと飲まれていった。