君の奏でる音楽は、僕の知ってる君と違って、静謐で気高かく品があった。公園に行くと、人気のないときを狙ってすべり台を滑りにかけていく君となんだか重なり合わなくて、うろたえるように何度もペットボトルを口元に運んだ。昨日、何も言えない僕に、君が正論を投げてきたときの言葉づかい、抑揚、身振り、顔つき、視線。その全てが君の音楽そのものだった。君は君だった。僕は何も知らないまま口の中に飲み込めない唾が溜まっていく。
君の麦藁帽子に僕だけの印をつけた。夏の間中、日差しのつよい場所へ出かける度に身につけていた。公園のベンチでアイスを食べる横顔にツバが影を作る。「昨日食べたアイスよりこっちのほうがおいしい。」レシートをペッと僕の太ももに置いた。
次の梅雨が明ける頃に髪型と髪色を変えると、「今の雰囲気には似合わないんだよね」と被らなくなった帽子がクローゼットにしまってある。
「嵐が来ようとも側にいるよ。何にも心配いらないよ」
君がいるならすべては晴れと化す。そんな僕の彼女。
降り続く雨が公園の芝生をぐっしょり濡らしている。パーゴラの下のベンチへ向かって歩く僕のスニーカーは早々に重くなった。その足を半ば引きずるように少し傾斜のある地面を登りベンチに座ると、人の背丈くらいの木が湖を背景に佇んでいる。鳩サブレみたいな形をしていると二人で笑った木は、剪定されきれいに丸く整っていた。こんな日に公園にはなかなか来ないだろう。見渡せるだだっ広い広場に人の気配はなかった。足元でちらちらと姿を見せた雨蛙に、跳び乗らないかと手を伸ばして近づいた。すっと手に跳び乗ったカエルは、3秒もたたないうちに跳び去った。僕は手の甲に残る足の感触を忘れないように何度も頭で繰り返した。
突然チャイムが鳴って、こたつに潜り込んだ。君が恐る恐る階段をあがって、一言二言。こたつ布団1枚隔てて、体育座りでじっとしている気がする。触れられることに戸惑わなくても、覗き込み窺う少し怯えたその目は煙草に火をつける十分な理由になる。私は懐かしい曲を聞いていた。過去の自分を思い出して、色鉛筆を背の高さで並べるように。ふたりは同じ空間にいて、ささやかに笑い、一緒に眠った。朝、洗濯を頼んで家を出たけど、私の心はこたつに潜り込んだまま。
ちょっといいお菓子をひとりで食べる。イヤホンをして、静かに扉を締めて、鍵をかける。子犬のように光るスマホ。窺うような瞳で私をとらえないで、おもちゃで遊んでらっしゃい。そのまま遠くでおとなになって。