小さな世界へ

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5/27/2024, 2:48:37 PM

 歳をとってから昔のことをよく思い出す。楽しかった思い出とか嫌な思い出とかそういう青いモノではなくて、あーすればよかった、こーすればよかったという暗くて叶わない願い。
 思えば思うほど、感情が溢れ出していく。苦しみに耐えられなくて叫びそうになって悲しくて涙目になって、心を消耗する。
 どうせ無理だ、お前にはできない。もう一人の自分がいつも自分の気持ちを沈めていく。呪いの言葉は消えない。
 高鳴る鼓動も希望に満ちた目標も、いつも自分で殺していた。そして、ここに残ったのは何もできないまま時間を食い潰したどうしようもない人間だけだった。
 死にたいと考えても実行することなどなく、ただただ考えるだけ。
 後ろを向いたまま前に進むことをやめなかったから、後悔ばかりが先にあるのかもしれない。できなかったことがいつも自分を抉っているけど、そこから学ぼうともしなかった。
 天国と地獄があるというのなら、自分はどこにいくべきなのだろう。自分に嘘をつく者が天国に行けるとは思えないが、地獄に行くほど悪いことをしたとも思えない。そもそも死んだらそれで終わりだと思うが。
 日付が変わる。明日は休みだ。でも、特にすることもない。スマホを眺めて一日を怠惰に過ごすのだろう。ああ、いつものことだ。

5/23/2024, 1:13:17 PM

逃げられない、そう悟った時にはもう遅い

5/17/2024, 1:03:00 PM

「あ」
 仕事終わりの真夜中の帰り道。月夜に照らされた灯りのない道中に後ろから影が迫ってきていた。後ろを振り返ることなく、同じ帰路に就いているのだと決めつけ、特に危機感を持たずに前を歩く。
 相手の歩く速度は自分と全く同じであり、こちらの歩くペースを上げると向こうも寸分違わぬ速度を出してくる。気味が悪くて仕方がない。追いつくことも追い抜くこともしない。ただ俺の後をつけている。それはそれで気色が悪い。
 なんなんだろうと思っているうちに自宅近くのコンビニに辿り着く。中に入ると後ろの気配は消えており、コンビニ店員も怠そうにレジに立っている。何か不気味なモノにつかれていたわけではなさそうだ。だからと言って振り返ることはないのだが。
 適当に買い物を済ませて店から出るとまたそいつは出てきた。もうどうにでもなれと自暴自棄気味に自宅に向かう。家に着いて布団に入る。鍵も閉めず、着替えもせず、そのまま夢の中に旅立つ。
「あ」
 翌朝。朝食中、ふと昨日のことを思い出す。そして、考えの至らない自分自身のことを、疲れきるほどの仕事をさせる会社を馬鹿にするのであった。

5/5/2024, 4:02:01 PM

 君と出逢って早数年。
 私はあの頃と比べると大分マシな人間になったと思う。はたから見れば大した違いはないのかもしれないし、違ったどうかすらわからないのかもしれない。元々、友達の少ない私に周りのことを気にしても仕方のないことなのだけど。
 そう、大したことではないのだけれど。ただ、ありのままの自分が、隠そうとしていた自分が、抑え込んでいた自分が形になって現れただけ。
 私は、元から私なのだと気づくことになったあの日のことを思い出そうと思う。
 それはとても風が強い日だった。天気はいいのに風の音が教室の中まで聞こえていて、木々が激しく揺れていた。
「うわーめっちゃ風つよ」
「自転車倒れてねーよな……」
「ねぇ、昨日さ──」
「今日の授業中止になんねーかな」
 教室は相変わらず騒がしい。仲良くおしゃべりしている人もいれば、黙って自分の机に座っているような私のような人もいる。
 別に友達がいないわけじゃない。単に疲れるからね。群れるのは。
 私は曲がりに曲がってネジのように拗れていた。
「咲、今日も仏教面か?」
「……なに?」
 ニコニコとちょっかいをかけてやろう的な顔で私に話しかけてきた男子に私はムスッとした表情で出迎えた。
 ……本当は仲良く話したいのに。
「おっと、怖い怖い」
「用がないなら前向いてたら?」
 また私は不機嫌そうに言う。
 ……こんなはずじゃないのに。
「えーいいじゃん」
「おーい、木村。ちょっといいか?」
 その声に呼ばれて私に話しかけてきた男子はそちらの方に向かった。ちょっと残念なようなホッとしたような。
 木村守くん。私の好きな人。
 クラスの人気者とまではいかないけど、あんまり仲の悪そうにしている人はいない。
 感情が豊かで特に怖がっている顔を見た時は体中が震えたよ。笑った顔も好きだけど、あの顔は忘れられない忘れられない。
 あーまた怖がってくれないかな。
「咲、なにニヤニヤしてんだ?」
 いつの間に戻ってきてたの!?
「べ、別になんでもない」
 平然を装う。もう遅いけど。
「ふーん……まあ、いいや。それよりさ連絡先教えてくんね?」
「へ?」
「連絡先。スマホある?」
「持ってるけど」
 な、なななんで急に連絡先聞いてきたの?
 心臓が弾け飛ぶくらい驚きながらも表情は取り繕う。
 スマホを取り出して、お互いに連絡先を交換する。家族以外の初連絡先が好きな人とはこれは一体……? これは夢ですか? ──いや、現実ですね、間違いなく。
 思わず、顔が綻ぶ。
「またニヤニヤしてるし」
「してないです」
 してたけど、してないことにできないかな。
「ふっ、咲ってホント面白いよな」
 は? 今、笑う要素あった?
「みんな席に着いて」
 先生が来て騒がしかった教室は少しずつ静かになる。対照的に外の風は窓を叩くように激しく音を立てていた。
 ……ん? そういえば、さっきから呼び捨てにされてなかった?
 そんなことを思いつつ、授業に置いていかれまいと先生の話に耳を傾けるのであった。

5/5/2024, 10:10:39 AM

 暑いある日の休みの日。耳を澄ませば川のせせらぎに涼しさを感じるなんてことはなく、蝉の合唱大会に頭が爆発しそうだった。
 暇を持て余し、何の用もなくコンビニに向かっていた。買いたい物も特にないが、店の中は涼しい。あ、アイスも買うか。
「あ」
 ポケットにスマホも財布も入ってないことに気づく。うっかりした。戻るのめんどくさ。
 家にそのまま帰ろうしたが、ここまで来といてと思い直し、知り合いの家が近くにあったんだとその家に向かう。
 目的地に向かう道中、その知り合いとばったり出会う。
「おっす」
「おっすー」
 可愛らしく返してくる彼女はどこか楽しそうだ。
「これからどこ行くん?」
「コンビニ」
 なぬ? これはいいことを聞いた。
「一生のお願いがあるんだが」
「お金持ってないの? あとで返してよ」
 察しが良すぎる。これは将来いいお嫁さんになるね、うん。感動した! 逆に怖い気もするが。
「涼くんさー、その忘れっぽいっていうか、後先考えてないというか、どうにかなるだろうみたいな考え方どうにかしたら?」
 ……うん、これは男の方は尻に敷かれるな。トゲトゲ言葉は受け流しつつ、理奈ちゃんの隣を歩く。
「あちー」
 胸元に手を掴み、風を送り込む小悪魔。俺が隣に歩いていようがお構いなくするその行動に思わず目が釘付けになる。その実りに実ったそれは見えそうで見えない。そこがまたいい。あ、目が合った。
「慰謝料はあなたの生涯年収です。耳を揃えてお支払いください」
 と右手を差し出してくる地獄の使い。
「ひー、ご勘弁を」
 差し出された右手を握ると、握り返され、指一つひとつを絡み合わせてくる。
「分割でもいいぞ」
「ゴメンナサイ、ボクガワルカッタデス」
「は?」
「ひ?」
「アホバカ⚪︎ねカス」
 どっ直球。流石に傷つくよ? まるがなかったら危なかったし。
 なんて冗談言いながらコンビニに着く。あー涼しい。お隣もそんな顔をしていた。
 理奈がカゴを持ち、俺が商品を選ぶ。手は繋いだままである。手を離そうとしたら強く握ってきたから離すことはできない。すごくやりづらい。
「涼太くん」
「なんだい、マイハニー」
「このあとってどうする?」
 華麗にスルーされた。ちょっとヘコむ、なんてことはない。
「家帰る。お金明日でいい?」
「別にいいよ、これくらい」
 と言って話は終わり、会計に向かう。その間も手は繋いだまま、いつまで繋ぐのかと思っていると自然と手を離す理奈。やべ、表情に出てたか?
 会計を終え、コンビニを出る二人。理奈は二人分のアイスを取り出し、俺に片方を渡す。
 黙々と食べる二人。
「……」
「……」
 しばしの沈黙。
 沈黙に耐えかね、俺はある魔法の言葉を唱える。
「暇なら俺ん家来るか?」
「行く。なんなら泊まる」
 それは勘弁してくれ、と口には出さずに目的地に向け歩き出す。
「そういえば、理奈って可愛いよな」
「ありがとう。でも、お金は返してよね」
「バレたか」
「利子は十割ね」
「悪徳業者」
 道中に聞こえていた夏の風物詩は他愛のない馬鹿みたいな話に埋もれていくのだった。
 

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