小さな世界へ

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 君と出逢って早数年。
 私はあの頃と比べると大分マシな人間になったと思う。はたから見れば大した違いはないのかもしれないし、違ったどうかすらわからないのかもしれない。元々、友達の少ない私に周りのことを気にしても仕方のないことなのだけど。
 そう、大したことではないのだけれど。ただ、ありのままの自分が、隠そうとしていた自分が、抑え込んでいた自分が形になって現れただけ。
 私は、元から私なのだと気づくことになったあの日のことを思い出そうと思う。
 それはとても風が強い日だった。天気はいいのに風の音が教室の中まで聞こえていて、木々が激しく揺れていた。
「うわーめっちゃ風つよ」
「自転車倒れてねーよな……」
「ねぇ、昨日さ──」
「今日の授業中止になんねーかな」
 教室は相変わらず騒がしい。仲良くおしゃべりしている人もいれば、黙って自分の机に座っているような私のような人もいる。
 別に友達がいないわけじゃない。単に疲れるからね。群れるのは。
 私は曲がりに曲がってネジのように拗れていた。
「咲、今日も仏教面か?」
「……なに?」
 ニコニコとちょっかいをかけてやろう的な顔で私に話しかけてきた男子に私はムスッとした表情で出迎えた。
 ……本当は仲良く話したいのに。
「おっと、怖い怖い」
「用がないなら前向いてたら?」
 また私は不機嫌そうに言う。
 ……こんなはずじゃないのに。
「えーいいじゃん」
「おーい、木村。ちょっといいか?」
 その声に呼ばれて私に話しかけてきた男子はそちらの方に向かった。ちょっと残念なようなホッとしたような。
 木村守くん。私の好きな人。
 クラスの人気者とまではいかないけど、あんまり仲の悪そうにしている人はいない。
 感情が豊かで特に怖がっている顔を見た時は体中が震えたよ。笑った顔も好きだけど、あの顔は忘れられない忘れられない。
 あーまた怖がってくれないかな。
「咲、なにニヤニヤしてんだ?」
 いつの間に戻ってきてたの!?
「べ、別になんでもない」
 平然を装う。もう遅いけど。
「ふーん……まあ、いいや。それよりさ連絡先教えてくんね?」
「へ?」
「連絡先。スマホある?」
「持ってるけど」
 な、なななんで急に連絡先聞いてきたの?
 心臓が弾け飛ぶくらい驚きながらも表情は取り繕う。
 スマホを取り出して、お互いに連絡先を交換する。家族以外の初連絡先が好きな人とはこれは一体……? これは夢ですか? ──いや、現実ですね、間違いなく。
 思わず、顔が綻ぶ。
「またニヤニヤしてるし」
「してないです」
 してたけど、してないことにできないかな。
「ふっ、咲ってホント面白いよな」
 は? 今、笑う要素あった?
「みんな席に着いて」
 先生が来て騒がしかった教室は少しずつ静かになる。対照的に外の風は窓を叩くように激しく音を立てていた。
 ……ん? そういえば、さっきから呼び捨てにされてなかった?
 そんなことを思いつつ、授業に置いていかれまいと先生の話に耳を傾けるのであった。

5/5/2024, 4:02:01 PM