小さな世界へ

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 暑いある日の休みの日。耳を澄ませば川のせせらぎに涼しさを感じるなんてことはなく、蝉の合唱大会に頭が爆発しそうだった。
 暇を持て余し、何の用もなくコンビニに向かっていた。買いたい物も特にないが、店の中は涼しい。あ、アイスも買うか。
「あ」
 ポケットにスマホも財布も入ってないことに気づく。うっかりした。戻るのめんどくさ。
 家にそのまま帰ろうしたが、ここまで来といてと思い直し、知り合いの家が近くにあったんだとその家に向かう。
 目的地に向かう道中、その知り合いとばったり出会う。
「おっす」
「おっすー」
 可愛らしく返してくる彼女はどこか楽しそうだ。
「これからどこ行くん?」
「コンビニ」
 なぬ? これはいいことを聞いた。
「一生のお願いがあるんだが」
「お金持ってないの? あとで返してよ」
 察しが良すぎる。これは将来いいお嫁さんになるね、うん。感動した! 逆に怖い気もするが。
「涼くんさー、その忘れっぽいっていうか、後先考えてないというか、どうにかなるだろうみたいな考え方どうにかしたら?」
 ……うん、これは男の方は尻に敷かれるな。トゲトゲ言葉は受け流しつつ、理奈ちゃんの隣を歩く。
「あちー」
 胸元に手を掴み、風を送り込む小悪魔。俺が隣に歩いていようがお構いなくするその行動に思わず目が釘付けになる。その実りに実ったそれは見えそうで見えない。そこがまたいい。あ、目が合った。
「慰謝料はあなたの生涯年収です。耳を揃えてお支払いください」
 と右手を差し出してくる地獄の使い。
「ひー、ご勘弁を」
 差し出された右手を握ると、握り返され、指一つひとつを絡み合わせてくる。
「分割でもいいぞ」
「ゴメンナサイ、ボクガワルカッタデス」
「は?」
「ひ?」
「アホバカ⚪︎ねカス」
 どっ直球。流石に傷つくよ? まるがなかったら危なかったし。
 なんて冗談言いながらコンビニに着く。あー涼しい。お隣もそんな顔をしていた。
 理奈がカゴを持ち、俺が商品を選ぶ。手は繋いだままである。手を離そうとしたら強く握ってきたから離すことはできない。すごくやりづらい。
「涼太くん」
「なんだい、マイハニー」
「このあとってどうする?」
 華麗にスルーされた。ちょっとヘコむ、なんてことはない。
「家帰る。お金明日でいい?」
「別にいいよ、これくらい」
 と言って話は終わり、会計に向かう。その間も手は繋いだまま、いつまで繋ぐのかと思っていると自然と手を離す理奈。やべ、表情に出てたか?
 会計を終え、コンビニを出る二人。理奈は二人分のアイスを取り出し、俺に片方を渡す。
 黙々と食べる二人。
「……」
「……」
 しばしの沈黙。
 沈黙に耐えかね、俺はある魔法の言葉を唱える。
「暇なら俺ん家来るか?」
「行く。なんなら泊まる」
 それは勘弁してくれ、と口には出さずに目的地に向け歩き出す。
「そういえば、理奈って可愛いよな」
「ありがとう。でも、お金は返してよね」
「バレたか」
「利子は十割ね」
「悪徳業者」
 道中に聞こえていた夏の風物詩は他愛のない馬鹿みたいな話に埋もれていくのだった。
 

5/5/2024, 10:10:39 AM