彼 花咲いて 散りゆく
とある記事に書いてある文章。
その記事とは『奇病』の資料だ。
その中の一つ、『花吐き病』。
ゆっくりと視線を上げ、防犯カメラへ目線を送る。ああ、まただ…部屋が花まみれじゃあないか。
今宵は紅色か。体調が思わしくないのか、『恋』をしているのか……
____先生…先生…俺は…先生が好きなんです…でも、好きになればなるほど、花が紅く染まっていく。俺は…死んでしまうのでしょうか…?
静かに口を開いた彼はゆっくりと言葉を紡いだ
「終わりにしよう」
全身が絶望に包まれる。なんで?なんで?何がいけなかったの?
慌てて彼の顔を見ると、彼は笑っていた。ああ…やっぱり、自分ってただの遊びだったんだ……
「終わりにしてさ」
彼が再び口を動かす。身構えると、
「俺と、正式に結婚してくれませんか。
契約結婚じゃなくて、本物の結婚を」
あ___
温かい。目元が温かい。これは…水…?
『喜んで……』
「やった!!」
『なんでそんな言い方したの?!不安だったんだけど!!俺!』
「あはは笑ごめんね、__があんまりにも可愛いから」
『可愛いって言うなぁあ!!好き!!』
___なんていう夢が見られたらいいのに。
『……さようなら』
家を飛び出し、走り続けること数十分。もう足は動かない。歩くことすら辛い。
ひゅー、ひゅー、と虚しい呼吸を漏らしながら何とか前に進んでいく。これまでずっと、耐えていた。こんな鳥籠に囚われているのは嫌だ。何がここなら安全。だ。自由なんて有りやしない。左手で額の汗を拭い、雑多に着てきてしまった白地のパーカーをぴん、と正す。キャップを深く被り、公園の横を急いで横切る。子供たちの声が大好きだったが今は煩わしい。
長く息を吐き出し、前を見やる。目の前には大きな海が広がっている。もうこんな所まで来ていた。あの場所から出たことは無かったから無闇やたらに走ってしまった。体力がもう……
後ろから怒号が聞こえる。走ってくる音が耳を劈く。まずい、マズイ…追いつかれる。
前は海、断崖絶壁。後ろからは逃げてきた壁が迫る。
……これまでずっと…ずっと、ずっと、耐えてきたものから開放されたというのに。
深呼吸をし、奴らを振り返る。
『__様!どこに行かれるのですか!』
煩い。
『早く戻りましょう!旦那様が心配なさいます!』
五月蝿い。
『__様!』
チッ、と小さく舌打ちをする。目の前の黒ずくめの使用人は目を丸くし、口が止まった
「……俺は…ずっと耐えてきた。これまでずっと。
もう、干渉するな」
はっきりと口にし、瞬きをする。使用人はなりません!そう口にしたんだろう。もう、分からない。
海を背景に…いや。違う、海と踊るのた。舞うのだ。
崖を蹴り、背中から風をきって落ちていく。嗚呼…心地よい。耳に障る声はもう聞こえない。
聞こえるのは自身の呼吸、心拍、そして…死の音。
もう、逃げなくていいんだよ
もう、囚われなくていいんだよ
___ごめんね、にいちゃん。いま、そっちにいk……
_________
『…ごめんね。__。ごめん…"また"救えなかった……今度は…にいちゃんが…護るから…
愛おしい_。にいちゃんの側にいて。』
とある日の午後。1件のLINEがスマホに入る。
《ちょっと手伝って》
またパシリか……渋々指示されたコンビニに向かう。黒いポシェットにジーパン。白いTシャツ。
スマホを弄り、アイスを頬張っていると
「わり、遅れた」
そんな呑気な声が聞こえる。顔を上げると、金髪の男性が片手を上げる。小さくため息を吐き
「なんの用?」
「……わかってんだろ?」
真っ直ぐな瞳を向けられる。そうだ。そうだった。
LINEが来たら『宵闇』の合図。
今宵もまた…人を襲わねば
私の当たり前は誰かの異常
私は、可愛いものが大好き。身の回りのものも、身につけるものもぜーんぶ可愛くなくちゃ。
スカートを履いて、胸元にリボンを結う。
地雷系なんて言われる服装をして、街中を歩くと、周りからは好奇の目線が向けられる。それもまたいい。見てくれているから。
今の私はいつもの私じゃないの。
今の私は女の子。女の子だから、可愛いの
気になるあの子は振り向いてくれるかな。
【男の子】だって知ったら嫌われちゃうかな。
性別を隠し生きていく。それが「ワタシ」の当たり前。