「快晴」
君が好きだった空を知っている。快晴の空。
あらゆる自然法則のプログラムが互いに干渉し合って形成された、一瞬の雲の形を写真に納める私と違って、君は今後一切雨など降らないかのような自由な空の下で、いつもそれを見上げていた。
出かける時はなるだけカメラを持った。世界は止まらないもので、その流れの全てが分かったとしても、流れた全てを元居た場所に戻すことはできない、とされている。
私はそれを信じきってはいない。覚えてさえいればいつかは、大好きだった瞬間を寸分違わず再現できる、なんて、漠然とした期待にいつも動かされていた。
現像した写真とPCの中のデータは、いわば私の外付け視覚メモリーだ。焦っている。この世界にあるほとんどのことが、私が記録しないまま終わってしまう。記録しないと、忘れてしまう。
解放されたのは、快晴の空の下だった。海へ続く下り坂で、君は僕を追い越してときどき振り返る。雲一つ無かった。君はきっといつになっても変わらないのだから、晴れを待って、またここに来れば良い。首に下げたカメラから手を離して、僕も走った。
「沈む夕日」
春にもなれば、帰りはもはや夜ではない。まだオレンジ色にもなる前の薄雲の空の下でバスを待つ。本当はもっと仕事をしていたいなんて思う私は稀有なアルバイターだろう。具体的にはあと1時間。たった1時間の延長で、憧れのあの人とおんなじ時間に上がることができるのだけれど、田舎の時刻表はそれを許してはくれない。
あの人の「ありがとう」が聞けるなら、ワンオペだってどんと来いだ。たとえそれが、エリアリーダーマニュアルの例文を読み上げただけの感謝だとしても。
店を出て夕焼けが見えるようになる季節には、忌々しい公共交通機関にさよならして、マイカーを乗り回してやる。シフトに融通が効くようになって、一緒の時間に労働から解放されて、話しかける勇気があるかどうかは、己の成長に期待しよう。
「君の目を見つめると」
『あなたは"他人と目を合わせない人ランキング"第1位です!』
私の"第1位になれること"を教えてくれる心理テストらしい。ひっそりと貶してくるようなその診断結果に、卑屈な私はつい納得してしまった。万が一"優しい人ランキング第1位"だなんて診断されようものなら、ほんの遊びで読んだその特集記事を、それ以降もほんの遊びでしか開くことはなかっただろう。
そして納得してしまったが故に、それ以降も第1位を死守せねばならないと、どうしてか思った。
それからの人生で私の瞳が他人の瞳を映した回数は、おそらく平均よりも格段に少ないだろう。心理テストは催眠だった。自分らしさを見つけようとして、それはただ単に自分らしさを捏造していただけだった。
あのテストをしなければ、もっと顔を見て目を見て口を見て、君の言葉をちゃんと聞き取れたのかもしれない。
毎日毎時間毎分毎秒、変化しているのに、同じと思える鈍間さに感謝。
光を浴びるほどハッピーになる単純な、愛故に汚れを突いてしまう複雑な、
私の心が大切だと。
あの頃の「消えたい」という気持ちはなんだったんだろうと思うほど、今は穏やかだ。
相も変わらず部屋は散らかし放題で、時間の大切さに気づけないまま、何もできなかったことと何かしてしまったことを一生懸命忘れながら、変わらないはずなのに。
諦めることだけが、私に前を向かせた。
肩の力は抜いて行こう。
きっと世界は、そんなに怖くない。