黒山 治郎

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9/14/2024, 8:21:04 PM

見慣れた庭先では狼煙が上がっている
焚き火の爆ぜる音は無音の自室に生々しく響き
その距離を忘れそうになりながらも
窓の外で景色が白に両断される様を眺めていた。


「こんな下らない物を聴いてるから
素行が悪くなって門限も守れないのよ
貴女はもっと高尚な音楽を聴くべきね」


何も知らない母の声はノイズとなり
同じ言語だと言うのに内容は理解しがたく
漸く思考が追い付き懸命に謝罪をしたが
戯言として扱われ、聞き入れてはもらえず
部屋にあった数枚のレコードの束は
乱雑にビニール紐を巻きつけられ
油の染みた新聞紙に埋められて
火種は、その上へと無情に落とされた。

親戚でも兄の様に慕っていたあの人
彼が遺してくれた素敵な四人組のレコードは
今頃、熱にぐったりと溶けてしまった頃だろうか。

勉強時間の合間にコツコツとバイトを続け
ようやく買えたステレオタイプのレコード再生機が
中身を失って夕陽を背に受け、郷愁に暮れている。

兄さんはとっくの昔に、この世を去った
それは十分に理解していた。

だけど、あのレコードを聴く度に
兄さんの心に手が届きそうで
命が灰に変わったと言う事実に
違う答えが見い出せる気がしていたんだ。

…結局、夢物語になってしまったけれど
伝える先も無い狼煙はだんだんと薄まってゆき
兄さんの命がまた燃え尽きる様子を
弱い私は言葉も失くして呆然と見過ごした。

硝子越しに風に舞い上げられ視界に映りこむ
原型を忘れた“Let It Be”のレコードの端が
手酷い皮肉の言葉に成り代わって、漸く
温度のない水滴は頬を滑り出していた。

ー 命が燃え尽きるまで ー

9/10/2024, 2:29:27 PM

情動に愛着と罪責の強い衝撃を与え
喪に服し項垂れる私を天より眺める人

渡し損ねた言葉は数知れず
たらればの懺悔も増え続け
容易く増えて、容易く割れる
そんな、儚いしゃぼん玉の様に
こちらを見下げて一瞥しては
身勝手に空気へと霧散し飽和し
湿り気ですら残りはしなかった。

只々、情動に空いてしまった空洞が
乾ききった強風を通す度に
悼みを憶えているだけだった。

ー 喪失感 ー

9/9/2024, 3:36:46 AM

木馬が回るオルゴール
馬が嘶くように動く度
コトリコトリと音がする
書き物机に頭を伏せて
たどたどしい音楽を聴く
自分の音も織り交ぜて
夢に泥濘、現に微睡む。

ー 胸の鼓動 ー

9/8/2024, 8:14:01 AM

足並みを揃えて靴底を鳴らす
朝に焼けるアスファルトへ踏み出して
見慣れ過ぎた駅へと潜り込む
一定のリズムを刻む乗り物に
偶に不規則な横揺れを挟んで
目的地前での挨拶にて喉をならす
書類を片手にあっちへこっちへ
旗よりも振るのが上手くなってゆく
デスクに鎮座する受話器もマイクに
歌う様に相手側へ情報を伝達しては
相槌というロックなヘドバンを決めて
あれよあれよと言う間に、まにまにと
休憩時間はやってくる

素面に戻ると途端にさ
踊り疲れがやって来たんだ。

ー 踊るように ー

9/6/2024, 2:58:23 PM

時間だ。

言葉と同時に施錠は解かれ
重い扉を看守が開く

二度と此処へは戻るなよ。

鈍く釘を刺す幻聴を煩わしく思い
反応もせずに外へと歩き出した

色を忘れた廊下を抜けて
外気を感じられる扉の前に立つ

遮る物も無いままに色も知らぬ眼窩へ
責め立てる様な光彩が一斉に飛び掛ってくる

母胎に宿った頃から既に悪魔の子として
牢屋と質素な食事が与えられると定められていた

しかし、時代にそぐわぬと誰かが囀ると
滑稽にもお偉い様の掌は一様に返され
永遠の囚人であるべき悪魔の子は
感動的にも枠の無い景色との対面を果たした


色を知らぬメアリーに問う
物理主義者共に心を示せ
主体的真理に歩を進めよ

外界に戸惑う事など許可されない
残酷な程に、時は待ってくれないのだから。


ー 時を告げる ー

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