黒山 治郎

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8/6/2024, 9:04:56 AM

雅楽における時の声では
夏は黄鐘調(おうしきちょう)に当たる
名の通り黄鐘を主調音とした六調子の一つの旋法
この六調子と五行説との結びつきにより
四季に配され、祭儀などに用いられたりする。

芸術音楽というだけあり
論じられる内容は多いが
ここでは語りきれないだろう事は
想像に難くない。

少しの単語の組み合わせで
様々に派生する言葉が占める範囲の広さに
世の中は容易く無いものだと
改めて、感じたお題であった。

ー 鐘の音 ー



【作者の後書き】
時間ギリギリの滑り込みだったので
論文の様になってしまいました。

8/4/2024, 8:37:40 PM

昼はつまらない事なのに
夜はどうしてこんなにも

真夏の湿気を含んだ生ぬるい夜風が
暗がりを照らす電灯と自販機のノイズが
急に夜闇を割いて飛び込んでくる車の轟音が
自分しかいないと錯覚させるアスファルトの道が
電気の灯りきらない薄ら寒い田舎の町並みが
嗤う様に緑が揺れる並木達のざわめきが
綾取りの如く絡まり合う電柱の線が

どうして、こんなにも
心に波を打つのか。


全貌の視認が容易いと
いつしか黙認してしまう
そこにあってしかるべき物
見慣れる度に自然とつまらない
粗末な事と意識は自ずと切り離す

それらを夜の帳が覆い
切り取りを強制する事で
予測が不可能な事柄となる
予兆少なに露わになるモノは
途端に幾つもの想定へ変化する

陽を喰らう周囲の暗さは恐怖心を舐め
我々の想定にも光が灯る事は少ない
故に人は夜を恐れてきたのだろう
幾ら光を灯し夜を拭おうとしても
我らは夢へと潜り込む他ないのだ
“今夜”が、また明けるまでは。

ー つまらないことでも ー

8/3/2024, 6:18:16 PM

粒の大きい塩で飾られたクラッカーが
赤い液体を抱え込んだグラスの奥で
色気の強いライトを浴びて輝く。

もうそろそろと左手の時計を確認した端で
元の色を忘れたであろう爪先がグラスを弾き
音に惹かれて発信源の表情を伺えば
頬杖をついた君と目が合う。

泣き腫らした涙袋がヤケに際立っていて
自分のカクテルの名前が不意に脳裏に過ぎった。

夜も更けて、席を立つ前にと
最後ぐらいは健康を気遣うつもりで
ビールとトマトジュースだけの
シンプルなカクテルを注文したのだが…。

酔いの回った見知らぬ彼女には
少々、引っ掛かる選択だったようだ。

赤くなった瞳がスルリと側へ寄って
同情は人にあげるものでしょうと
目前のグラスは攫われてしまっていた。

違いないが、黙ってくれてやるほど
優しい魔法使いにはなれそうにもなく
艶やかな髪から漂う甘い香りに
沸き立つ自身の中のアルコールを感じて
これが蒸発仕切る前にお代を頂いてやろうと
無防備に話し出した君へ距離を縮め微笑みかけた。

If you are Cinderella.
The time limit is until they sober up.

ー 目が覚めるまでに ー

8/2/2024, 1:42:38 PM

洗いたての色を忘れた清潔なシーツ
その上を這う点滴や呼吸器の管
鎮静剤が余程効いているのか
身動ぎもしない私の娘は
浅い呼吸だけを繰り返している。

穏やかに閉じられた瞼は震えることも無く
呼吸器で覆われた口が動くことも無い
娘はベットの上で過ぎた時間も知らず
夢すら見れずに、それでも生きていた。

貴女を追い詰めたのは私だ。

産めない身体だとは知っていても
子供がどうしても欲しかった。
子供を抱いて愛してみたかった。

だから、貴女を引き取った。

血の繋がりなんてなくても
こんなにも笑顔の可愛い貴女なら
生涯、娘として愛せるって思ったから…

現に私達は紛れもない家族だった。

だから、慌てて…
そう、無理に話す事なんてない
あの子がせめて言葉を話せる時までは…
いや、あの子が話を理解出来る歳になるまでは…
いや、いや、あの子が娘を持てる歳までは…

猶予なんて、本当はなかった。
あの日、貴女が取り乱し目前に突き出したのは
私が隠し通してきた養子縁組の用紙で
貴女は私を嘘吐きだと裏切り者だと蔑み
何も言い返せない私を後目に
自室へと駆け出した。

そして、登りきる筈の階段を

踏み 外したんだ。

……………ーーーーー

私が、黙っていたから。
私が、貴女を産めなかったから。
私が、あの時に抱き留められなかったから。
私が、私は、私…。

わたし、ね。

他の誰でもない貴女に
“お母さん”ってもう一度
呼んで欲しいだけなのよ…。

けど、まだ貴女は許せないのよね。
大丈夫よ、ずっと待ってるから
この病室から出られなくなっても
目を覚ました貴女を
今度は、抱き留められるように。


ー 病室 ー

8/1/2024, 12:00:48 PM

明日は、一日中晴れだって
天気予報は当たるかしら?

当たるなら、朝は洗濯物を干して
お昼頃に貴方に会いに行こうと思うの。

道すがらに話題は集めて行くつもり
貴方って口下手なんてもんじゃ無いから
少しでも長く傍にいる為には
話題は幾らあっても困らないでしょう?

いつも通りにのんびり歩いて
沢山、お散歩をして
貴方を随分と待たせてから
会いに行ってやろうと思ってるの。

だって、割に合わないじゃない?

本当の意味で会えるのは
私の寿命が尽きてから、だなんて
それまでは仮初の逢瀬で我慢しろだなんて

耳にタコができる程に話し込んでも
貴方は見えてもくれないんでしょうから
そこにつけ込んで、私の涙が出るまで
墓前に居座ってやるんだから。

ー 明日、もし晴れたら ー

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