黒山 治郎

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7/13/2024, 7:35:44 PM

人間の感情は反する物の方が距離は近い
小銭の表と裏の様に些細な事で
弾かれるが如く、なり変わってしまう。

ぱしんっ

「聞いておるのか、この戯け者!」

あぁ、いや
弾かれたのは小銭ではなく
無防備だった己の頬であったのか。

酷薄というに相応しい人相と
冗長に流れ続ける継承話は
心底、億劫でしかなく
関心が離れ久しい為にも
気付くのが遅れてしまった。

「これは、父上様に大変なご無礼を…
失礼仕りました、ご容赦下されば
これ幸いと存じまする」

不服を隠そうともしない口吻で
次は無いと言い放つ、その人
今となっては頑強さしか残らず
それが仇となり頑迷固陋な有様で
幅を利かせるだけとなった者。

「俊傑の血に連なる己が身に
恥じる事のなきよう
自己研鑽を怠るでないぞ」

確かに、鹵掠の限りを尽くし
俊傑とまで謳われる程に上り詰めた
綴れた才覚は有るのだろうが…

当時の優越感は見る影もなく
今や劣等感すら風前の灯火と相成れば
天網恢恢疎にして漏らさずとは
誠の詞なのだなと胸中でせせら笑った。

ー 優越感、劣等感 ー

7/11/2024, 10:55:41 AM

「22時前には終わるよ」

了解と、そう返信して
その後に早く帰りたいと思ってもらえる様
料理の写真を送ってみせた。

けれど…本当は分かってるの。

遠く離れた君の帰る場所は
私の居る此処ではないと
それでもいつかは…

「今日の晩御飯は唐揚げだよ」

いつかは、私へ帰っておいで
それまでには、美味しい物を作れる様に
ずっと練習しておくよ。

拝啓、愛しい君へ。

ー 1件のLINE ー

7/11/2024, 3:29:04 AM

重く閉じられた瞼を何とかこじ開けた先
何度か瞬きを繰り返し己の現状を確認する。

出入り口の見当たらない
無機質な硝子張りの小部屋の中
硝子の外は荒れた海を漂い
浮き沈みを繰り返していた。

賑やかな黒い波が硝子を叩き
スッパリと区切られた断面は
箱に当たる度に飛沫を高く上げて踊る。

(たしか、不思議の国のアリスでも
似た場面があったな…)

海の動きは騒がしいが
夜空は殆ど星しか見えず
たまに過ぎる灰色の雲は
無惨にも風に千切られていた。

懸命に上へ意識を向け続けていた私は
深海恐怖症の為になおも暗いであろう
下を見ない様に気を付けてはいたが
好奇心に負けてちらりと盗み見てしまった。

てらりと何かが視界の中を翻る。

その大きな体躯の片鱗に
見なければよかったと
心底後悔したが、もう遅い。

牙の生え揃った随分と物騒な口が
足下からスピードを上げて迫って来る。

硝子張りの四角い箱の中じゃ
逃げようも無いなと苦言を一つ零し
雷にも負けない鋭利な破裂音と共に
私は暗い水の中で意識を手放した。

𓂃◌𓈒𓐍‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬𓈒 𓂂𓏸𓂃◌𓈒𓐍‪ 𓈒𓏸‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬

意識がハッと戻った時には
自室の見慣れた天井に迎えられていた。

なんとも後味の悪い目覚めだと
うなじを撫で付けながら
筆を取った、そんな朝であった。

ー 目が覚めると ー

7/9/2024, 6:28:58 PM

“私”とは、名の売れた探偵だと
傲慢ながらも自負している。

この物語において私に求められているのは
“推理力”…ただ、それだけであり
逆を返せば、他は求められる事がない。

どんな小さな欠片であったとしても
見逃さない洞察力は場面転換に最適で
一見すると何処で使うのかも分からない様な
常人離れした知識量も探偵だからと片付けられ
行動力などは、そもそも視野にも
収まってはいないのだろう
日常生活などはミステリーが始まる前の
前菜に過ぎず、まともに過ごせる日は少ない。

とはいえ、求められる程の推理力は
伊達では決して無いと確信しているのだ。

だから、私の異常にも思える
この当たり前の世界を
“君”も享受しているのだろう?

ー 私の当たり前 ー

7/8/2024, 11:15:19 AM

ふらり ふらりと
玄関から交互に投げ出した爪先
夜の散歩で静けさに輪郭線を忘れ
それでも消えぬ、根深いしがらみ
いっそ誰も彼もを忘れられたなら
本当に自由でいられるのか?

答えと応えのない独白は
暗闇に呑まれてしまった。

なんとなくだが
解っているんだ。

この地上で溢れかえる星灯に
身を置く人生では、叶わぬ話と
遠の昔に思い至っていたのに
自分勝手な私では
生きる事を辞めたいとは
到底、思えなかったんだ。

ー 街の明かり ー

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